フォーラム 個人情報保護方針 | 利用規約

「情報と鉄道」「ユニバーサルデザインと鉄道」「社会と鉄道」がテーマのフォーラムです。(16歳以上対象)

ご利用状況について
このフォーラムについて
機能の改廃等について

(※新規の掲載はお受けしていません。)

全角と半角、大文字と小文字が区別されます。

検索の代わりに:
キーワード (索引)もどうぞ。


空から見てみようZERO

国土地理院の空中写真を閲覧するには、最初に「同意する」をクリックする必要があります。
(PCでの閲覧をおすすめします)
 → 国土地理院の空中写真を紹介している記事一覧(新着順)



[3549]

空から昔の青山を見てみよう(1955・1962・1965・1975年)

線路 建物 国鉄 仮名 プレー 将棋 青山 国際観光ホテル 清水 行政界


 内容としては▼「補強コンクリートブロック造で年代推定」([3127])、▼「秋葉原ビル」([3236])、それに▼「東京11号線」([3548])の続きでございます。

・(一部再掲)Google ストリートビュー 「東我孫子カントリークラブ」付近(推定)
 https://goo.gl/maps/DLB9GdTwYb42
 https://goo.gl/maps/FfnTYjYYnkJ2
 https://goo.gl/maps/h7SYdCgpdMv
 https://goo.gl/maps/TjwCmxQ83q92

 わあぃ北斗星。常磐線で北斗星(貨物だけど)。

 それはともかく河川敷に面して4階建てで、屋上にカメラまでついているという何らかの建物をクラブハウスに転用し、河川敷を無理にでもゴルフ場にすることで、我孫子市としての公園・緑地の率や運動施設の率を(名目的に)満たしている(いた)気配がなくもないとは感じられませんでしょうか。それはそれで合理的なことではあると思うのですけれども、元の建物って、河川事務所や(水防を主眼にした)消防署などであったりするのでしょうか。本当でしょうか。

※「豊島区立三芳グランド」については[3434]を参照。

・国土地理院「CKT7412-C59A-12」(1975年1月30日)
 http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=998805

 クラブハウスとして使われた(※現在は建て替えられています)建物が、1975年の時点で「4階建」で建っているとみられます。「練習場」の駐車場は未整備であるほか、「JR千代田線!」(常磐緩行線)の橋脚の工事のようすが確認できます。

・国土地理院「MKT653X-C5-5」(1965年9月30日)
 http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=443736

 1965年の時点では河川敷はゴルフ場なのかどうなのか、(白黒であることもあり)はっきりしませんが、手賀沼沿いの「我孫子ゴルフ倶楽部」(※漢字です!)のコースははっきり確認できます。さすが「我孫子ゴルフ倶楽部」(※漢字です!)、歴史が長いのですね。

 そして、この1965年9月30日の空中写真で、本件建物、しっかり建っております。なんと、この1965年9月30日の空中写真で本件建物、建っているんです。

・さらに国土地理院「MKT621-C9-9」(1962年5月30日)
 http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=436117

 1962年の写真で、既に河川敷はゴルフコースだったことがわかります。コースそのものは1962年から既にあったとみられます。そして、建物も1962年の時点で確認できます。なお、河川敷は、下流側(東側)から中峠、青山、北新田に含まれてございます(現在の東我孫子カントリークラブのコースおよび練習場は、中峠、青山、北新田にまたがっています)。途中、千葉県側の県道が茨城県内を通る区間もございます。なんと、千葉県側の県道が茨城県内を通る区間がございます。

※あくまで1962年としては、『リバーサイド!』の『ロードサイド!』で「ゴルフ!」といって、きわめてしゃれた(=そのような施策を講じると住民らが満足する&じぶんはゴルフをプレーしないとしても満足する)レクリエーション施設であったのではなかろうかと、たぶんこういうわけです。きわめて本当でしょうか。(あくまで1962年です。大阪万博の1970年より8年も早いんです。1例として、回転展望レストランなどというケッタイなものを備えた「そごう柏店」の開業ですら1973年であります。本件ゴルフコースがいかに早い年代のものであるか実感いただけましょう。)

・日本ゴルフコース設計者協会のイメージです
 http://www.jsgca.com/05_column/gm2007-09.html

 > 1903年(明治36)2月27日、神戸商工会議所において「神戸ゴルフ倶楽部」の設立総会が開かれた。わが国初のゴルフ倶楽部の誕生である。この時の会員は120名(132名という説もある)で日本人はわずか7名であった。

 > 1944年(昭和19)に戦争のため閉鎖され、終戦後の1946年(昭和21)3月に米軍に接収されたが1952年(昭和27)2月に解除された。

 > 公園計画に意見を求められた植物学者松村任三理学博士は「西洋にはゴルフというものがある。この公園の中にゴルフコースを設置したらいいだろう」と進言した。

 > 西洋にはゴルフというものがある。
 > 西洋にはゴルフというものがある。

 えーっ…。「というものがある」という表現そのものに、彼我の絶大なる距離感が感じられましょう。

 > 1920年代になると外国に留学してゴルフを学んだ名手達がコース設計を手がけるようになった。

・ゆえっせーっ「20年代」とは
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%82%E9%A8%92%E3%81%AE20%E5%B9%B4%E4%BB%A3

 > 1920年、様々な社会問題を軽減する試みとして、アメリカ合衆国憲法修正第18条によりアルコールの製造、販売および輸出入が禁じられた。

 > 狂騒の20年代はアメリカにおけるスポーツ勃興の10年間でもあった。国中のあらゆる所から競技場やスタディアムで競う当時のトップ・アスリートを見るために集まった。競技者の成果は当時興隆しつつあった新しい「ジー・ウィズ」(うわー!)型スポーツ・ジャーナリズムで声高く大いに誉め称えられた。

 > ボビー・ジョーンズはゴルフ場での素晴らしい成功でゴルフの人気を高めた。ジャック・ニクラスが現れるまで、ジョーンズのようなスターが現れることはなかった。ルース、デンプシー、グレーンジ、ティルデンおよびジョーンズは、狂騒の20年代のスポーツ界の偶像として「ビッグ・ファイブ」と呼ばれている。

 必ずしもアメリカでゴルフ(コースの設計)を学んだ者が多かったのかまではよくわかりませんが、影響はあったらしいとうかがえそうです。

・河北新報です(2017年2月8日)
 http://www.kahoku.co.jp/column/kahokusyunju/20170208_01.html

 > 米国のスポーツ記者、故グラントランド・ライスはゴルフをこう表現した。「20%が力学と技術。残りの80%は哲学、ユーモア、悲劇、ロマンス、メロドラマ、交友、友情、へそ曲がり、そして会話である」

・ゆえっせーっ「USA-M1226-37」(1955年10月13日)
 http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=65835

 1955年の時点では「河川敷」というものがなく、堤防からいきなり利根川だというようすが見えます。河川敷が整備されると同時に(運営方法は不明ながら)ゴルフコースも造られたらしいと見ればよいのでしょうか。本当でしょうか。そして、本件建物、建ってません! …なんと、1955年の時点では本件建物が建っていないことが確認できます。これより新しい建物だということですね、わかります。

・我孫子ゴルフ倶楽部の見解です
 http://www.abikogc.com/about/

 > 我孫子は、昔から水戸街道と成田街道の接続地であったため、徳川時代には水戸藩の本陣、問屋場などをはじめ、成田山参詣の場として知られていたが、大正初期には東京近郊の景勝地として認められ、講道館の嘉納治五郎、朝日新聞の杉村楚人冠、日本郵船の大谷登、三菱の三谷一二、帝大の村川堅固博士、作家の志賀直哉、武者小路実篤、その他、英国人の陶芸家バーナードリーチ、法律家の田中耕太郎や白樺派の文人達が、この付近の雄大な森林や、神秘な手賀沼の風景を好んで、早くからここに別荘をかまえ、我孫子は「北の鎌倉」といわれるほど文化的な町であった。

 > 我孫子ゴルフ倶楽部創立の経緯 1929.(昭和4年)

 > 第二次世界大戦とともに我孫子コースは極端な荒廃におちいり、13番ショート・ホール一帯は防空陣地と化し、倶楽部閉鎖の危機に直面したが、倶楽部創設にたずさわった染谷町長がこれを憂いて、海軍経理学校と一時的賃貸契約を結び、終戦まで同校の農業経営にまかせた。この処置によって、倶楽部はかろうじて廃絶を免れた。
 > 終戦後我孫子コースは、相模カンツリー倶楽部と共に駐留軍の接収を免れて、関東におけるただ二つの日本人専用のコースとして残されたが、旧会員の四散が多かったため、その再建には非常な苦心と努力がはらわれて、昭和23年(1948)9月にようやく18ホールが開場された。

 そのような苦労の上にいまもある「我孫子ゴルフ倶楽部」を横目に、河川敷を整備したといってのうのうとゴルフコースを造ってみせる…なんだかなぁ。

[3489]
 > 「国際観光ホテル」たるもの、仮には20年後や40年後に再訪して感銘を受けるというようなことまで保証できないと、本当はいけないのですよ。経営者や名称がころころ変わっては、いけないのですよ。あらゆるホテルにそこまでの体制を築かせようというのはそもそも不要なことであるので、翻って、「国際観光ホテル」というものは、数は少なくてよいけれども審査はきわめて厳格にすべきではないかなぁ。(見解です。)

・我孫子ゴルフ倶楽部「ドレスコード」ほか
 http://www.abikogc.com/guide/please.html

 > プレーヤーがストロークしようとしている時他の者は動いたり、話をしたり又はプレーの線上や近接した場所に立たないこと。
 > 自分の作った足跡は自ら平にして出ること。

 誰に審査されるでもなくみずから高度な…それが「我孫子ゴルフ倶楽部」ですよ。うん。(※個人の感想です。「東我孫子カントリークラブ」を否定するものではありません。)NHK交響楽団「英国人とキツネ狩り」については[3238]を参照。

・ウィキペディア「嘉納治五郎」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%89%E7%B4%8D%E6%B2%BB%E4%BA%94%E9%83%8E

 > 1882年(明治15年)、下谷北稲荷町16(現・台東区東上野5丁目)にある永昌寺の12畳の居間と7畳の書院を道場とし囲碁・将棋から段位制を取り入れ講道館を設立した。

※音だけでは水戸の弘道館と間違われそうであるのはわざとでしょうか。なんと「琴懇館」については[3127]を参照。

 > 1911年(明治44年)、千葉県我孫子市に別荘を構える。嘉納の甥である柳宗悦が同地に移住したことにより、当時我孫子市が白樺派の拠点となる要因を生んだ。

 この説明なしに漫然と「我孫子=イコール=景勝地=イコール=白樺派」などという漠然としたイメージを、ただイメージとしてのみ持たせるということでは、学習者にとってまったく学習にならない(知識が系統化していかない)と思われましょう。「芥川荘」(1897年)については[3416]を参照。

[3416]
 > 「土気往還」については[3284]を参照。土気に鉄道が通ったのは1896年1月([3285])で、おお、1897年の「芥川荘」は『新線開業効果!』であってですね(略)TXが開通することが確実になってから沿線に住宅を建てるひとのようなものですぞ。1893年からの「ピータロー兎」については[3403]を参照。

・(あくまで参考)「松岡正剛の千夜千冊」より「0427夜」
 http://1000ya.isis.ne.jp/0427.html

 > 白樺派はみんな西欧かぶれから始まったわけである。その"かぶれ"を柳はどこかで捨て切れた。

 > 昭和30年代までであれば、それこそ荷風の下駄散歩ではないが、銀座上野浅草を歩いているうちに、道明の組紐、「よのや」の櫛、「さるや」の楊枝、榛原の和紙、阿波屋の下駄、田村屋の煙管といったものが目を楽しませてくれた。
 > これらはどのように出来たのか。銀座や浅草で出来ているはずはない。

 > たんなる手仕事なのである。
 > それらがあってこそ、やっと銀座浅草の名品なのである。四条河原町の優品なのだ。料亭につかわれる器物たちなのである。

 > 「和」のブームであるのに、そこに柳の「日本の眼」が縮退していっているのである。これをどう考えるか。

 それはともかく利根川それに我孫子市でございます。

・利根川下流河川事務所
 http://www.ktr.mlit.go.jp/tonege/tonege_index016.html

 > 昭和57年9月 千葉県下総町

※2006年、成田市に編入とのこと。

・同「沿革」
 http://www.ktr.mlit.go.jp/tonege/tonege00091.html

 河川事務所の建物等は佐原と安食にしか置かれたことがないとわかります。

・ウィキペディア「我孫子市」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%91%E5%AD%AB%E5%AD%90%E5%B8%82

 > 1955年(昭和30年)4月29日 - 我孫子町、湖北村、布佐町が合併し新制我孫子町が誕生。
 > 1970年(昭和45年)7月1日 - 市制施行により我孫子市が誕生。全国で565番目、県下で22番目。

 この1955年に消防団も合併し、7年後の1962年に「消防団常備部」(※非常時のみ参集するのでなく、常に待機している)が置かれたということで、このあたりの建物なのかなぁと憶測しようかと、こういうわけです。もっとも、地元のかたに聞けばすぐにわかりそうではあるのですけれど、もうちょっと遠まわりに調べてみようではありませんか。(※「人に聞く!」のは、どうにもならないときの最終手段です。)

・ウィキペディア「我孫子市消防本部」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%91%E5%AD%AB%E5%AD%90%E5%B8%82%E6%B6%88%E9%98%B2%E6%9C%AC%E9%83%A8

 > 1962年11月 - 消防団常備部を設置する。
 > 1965年4月1日 - 我孫子町消防本部・我孫子町消防署を設置する。

 > 1971年1月 - 化学消防自動車を消防署本署に配備する。
 > 1972年4月 - 湖北出張所で救急業務を開始する。
 > 1975年2月 - 30メートル級はしご付消防自動車を消防署本署に配備する。

 > 2008年10月 - 柏市・我孫子市消防通信指令業務共同運用に向け、事務協議会を設置する。

 「化学消防自動車」あっての「NEC我孫子事業場」ですね、わかります。そして、「東我孫子カントリークラブ」として使われていた建物は、どう見ても1950年代に3階と4階を増築しながら、4階の増築はまかりならぬといわれて窓なしで完成したっぽいタイムラインが濃厚に漂います。

・NECファシリティーズ「NEC我孫子事業場ラグビークラブハウス」のイメージです
 http://www.necf.jp/case/06.html

 > 鉄骨造2階建
 > 外観は事業場の自然豊かな環境との調和を維持するため、建物高さが周囲の木々の高さを超えないように配慮しました。2階のグラウンド側は全面にバルコニーを設けて練習や試合の観戦がしやすい設計となっています。

・ゆえっせーっ「クラブハウス**」のイメージです
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%96%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89

 > 名前の由来には諸説あるが、一説によれば19世紀にアメリカ合衆国ニューヨーク州サラトガスプリングの高級カジノクラブ「サラトガクラブハウス」で考案されたので「クラブハウス**」と呼ばれるようになったという。他にはゴルフなどのスポーツ同好者が集うアメリカ合衆国のクラブハウスで生まれた説、アメリカ軍将校クラブで生まれたという説、などがあるがいずれにせよアメリカ合衆国で生まれた**である。

※おなかすいたひとが食事の手順を省略して(略式で失礼いたします的に)ひとくちめから肉・肉・野菜それにパン…ぜんぶはいってる!(以下略)

[3394]
 > > 「**って何?」と疑問に思ったヤング
 > > 何らかの**

 > USAと書かれたネオンのほうなど点灯させながらエンドレスで「♪ゆえっせーっ」と繰り返しておりさえすれば…ぎゃふん。

・「棒」
 https://dictionary.goo.ne.jp/ej/16756/meaning/m0u/

 試合に使う棒をしまっておくところ! 棒の用意をしながら戦術を話しあうところ! 試合の後、棒を片付けてから談笑したり食事したりするところ! 次の試合が楽しみだよ@いつにするかね(以下略)「クラブとは」といって、「棒のことです」としかいいようがないというくらい、低水準言語…いえ、ひとの動作や欲求に直結する、素朴な単語ではあると思われましょう。

[3236] 秋葉原ビル
 > このビルは、1958年から1963年までの間に国鉄(電気局)が建設したとみられ
 > 飛散の恐れのあるアスベスト(吹付石綿)が使用されている
 > 2階までと、3階より上とで構造が違うように見える(3階から上が増築されたように見える[3127])のは気のせいでしょうか、それとも、装置がよほど重いので、逆に1階と2階のほうを補強したんでしょうか。…気になります!

 「秋葉原ビル」(※既に解体)は「電算機」を置くため空調を入れるので「アスベスト(吹付石綿)」であるという理解でございます。そうでない建物なら、窓を開ければいいんですよ。川沿いですし、(最近はともかく昔は)涼しそうですよね。

・(のんきに)「涼しい」どころじゃないっぽいです「防風柵」のイメージです(2015年8月)ほか
 https://goo.gl/maps/MHMy2v7zsfJ2

 線路としては防風柵を必要とするような場所(※川沿いです)でゴルフ…うーん、ゴルフっ。もはやボールをたたくのでなく飛距離をたたいているようなものではないかとすら思えてしまいます。(たいへん失礼いたしました。)線路を背にしてプレーするコースのようですよ。なるほどなるほど。(以下略)

・いや〜アラマタさん(仮名)…やはり「飛距離」との見解です
 http://www.watermelon.co.jp/golf/index.htm?search=120105&sname=%C0%E9%CD%D5%A1%A7%C5%EC%B2%E6%C2%B9%BB%D2%A5%AB%A5%F3%A5%C8%A5%EA%A1%BC%A5%AF%A5%E9%A5%D6

 > コースは適度なアンジュレーションがあり距離もたっぷりある。東コースは飛距離がスコアメイクを決定するホールが多い。西コースは戦略性が必要なホールが多い。

 > 開設日 1960年(昭和35年)7月
 > 設計者 陳 清水

 おおー(略)やっと「1960年」との「開設日」が出てきました。また「朝日観光グループゴルフ場」「鎌倉CC、修善寺CC、足利CC等」との系列も見えてまいります。毎日映画社「伊豆急開通 温泉地は大騒動」(1961年12月10日)については[3255]も参照。朝日観光グループが東我孫子カントリークラブ(運営会社)を傘下に収めた時期まではわかりかねました。(開設時には無関係であったということです。)

[3255]
 > 「お百姓さん」(※あくまで当時の表現です)が田んぼを売って「マイカー」を買いましたということです。うーん。

 この同じ時代に、当地(中峠、青山、北新田)で、それまでの商売や農業をやめて、利根川の河川敷のゴルフ場の運営に名乗りをあげたかたがおられたということでしょうか。本当でしょうか。そもそもゴルフ場というものは、もとの商売や農業をやめずに片手間で運営できるようなものなのでしょうか。

※農業が(あまり)できなくなる時期に営業されるスキー場は(兼業として)理にかなっていますが、ゴルフ場は農業とは重なるのではないでしょうか、の意。

※「河川敷にゴルフ場を造る」というところまでは河川側(行政)によって一種『お膳立て』されていたのだろうとの推察にはございます。もっと本当でしょうか。なにしろ河川敷ですから、外形的にはたぶん本当です。

・あえて上流で。「河川敷」とはにわを知りたい
 http://www.ktr.mlit.go.jp/tonejo/tonejo00113.html

・東武グループの場合です
 http://www.tobu.co.jp/group/leisure/#ANC05

 > 昭和36.12. 1
 > 東武興業

 > 東武緑地

 昭和36年は1961年です。

・「お膳立て」
 http://thesaurus.weblio.jp/content/%E3%81%8A%E8%86%B3%E7%AB%8B%E3%81%A6%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B

 > 目処を立てる
 > 気をきかせる
 > 下地をつくる
 > 根回しをする
 > 地ならしをする
 > 環境づくりをする
 > 仕組む
 > 手回しをする
 > 事前工作をする
 > 手配をする
 > アレンジする
 > 態勢をととのえる

 いわゆる「ローカルアレンジ」については[3086]を参照。

・東我孫子カントリークラブ「会社案内」のイメージです
 http://www.h-abiko-cc.com//kaisyaannnai/2016.5.15kaisyaannnai.pdf

 まことに行政本位ながら、この河川敷に、この面積のゴルフ場があり続けてくれないと困るのだということが想像されてきそうです。歴史ある「我孫子ゴルフ倶楽部」が町内(=当時)にありながら、すぐ近くでそういうことを(略)いずれは「利根川ゆうゆう公園」(=後述)の拡張に使われたりしないのだろうかとまで邪推しようかと、たぶんこういうわけです。

[3127]
 > 信号扱い所の1階部分や付随の小さな建屋(「小屋」とも呼ばれそうな)がコンクリートブロックで造られ、ひたすら大きな窓に囲まれる2階部分が後から増築されたかのような体裁の建物となっています。

 > 1952年以降にコンクリートブロックで建て直した(もしくは新築した)のではないか
 > 遅くとも1963年までに「信号扱い所(2階部分を含む)」が完成していたと仮定できそうです。

 > 詳細は端折りますが、1964年6月の「新潟地震」(での液状化現象)で、コンクリートで4階建て(躯体が重い)の県営住宅がごっそり倒壊したことから、「耐火」だけでなく「耐震」に大きな注意が払われるようになり、1971年の建築基準法改正につながったと説明されます。1963年や、その後に向けて、もしかすると長屋状の建物のほうをさらに3階建てなりに増築して、もっと見晴らしの良い信号扱い所を造る予定だったかもしれませんが、それはできなくなったということです。

 この「塩浜」の建物では増築ができなかったところ、うっかりできてしまいかけた(3階だけはできてしまった)のが我孫子の本件建物であるという理解を、仮にはしておきましょうか。本当でしょうか。

・(再掲)大成ユーレック「いろいろな構造・工法」
 http://www.u-lec.com/landusage/structure

 > 法定耐用年数は47年
 > 法定耐用年数は47年

 こちらから遡って推定したほうが確からしいと思われましょう。「東我孫子カントリークラブ」としては2013年に建て替えた(2012年中に解体されたかまではわからず)とのことでございます。4階を建設途中で「窓なし」に変更させられるような(※推定です)、そのような増築ができた年代というのも、非常にピンポイントな年代でありましょう。仮には1962年に(3階より上が=4階は着工してからだめだといわれながら?)完成し、2012年には50年を迎えたということなのだろうと思いたくなってきます。

 しかし、そういう建物でもがめつく…いえ、たいへん長く使うんですね。2011年3月には非常に大きく揺れたはずなのですけれど(=近くのつくばエクスプレスでは線路が曲がったほど!)も、この地震がなければ60年目くらいまでのうのうと使い続けるおつもりだったのでしょうか。…気になります!

・「「がめつい」とまでは申しません」からの「「がめつい」から「カネカネカネ」成分を取り除いたような」のイメージです
 http://thesaurus.weblio.jp/content/%E3%81%8C%E3%82%81%E3%81%A4%E3%81%84

 > 金銭などを出したくなさそうにする人
 > 出し惜しみする
 > みみっちい

 本来、「すばらしいゴルフ場を造ろう」というモチベーションがあれば、あんな建物(※失礼ですが、やはり『あんな建物』)をそのままクラブハウスにしようなどとは考えるはずがないという考えかたでございます。

・やはりアラマタさんの見解です
 http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013012700010.html

 > 最近は明治大正の新聞や雑誌がデジタル化され、些末(さまつ)な出来事も自由に掘り返すことが可能になった。こうなると、世の定説の正確度をチェックしてやろうかという気にもなるが、その手本みたいな本が出た。

 > 写真や記録から「飛距離は出ないがスコアは安定する」堅実ゴルフと分析してみせる。

 > 定説って、いったい何?
 > では、本書は完璧なのかと問われると困る。

 …ぐふっ!(略)いわゆる『レコードの音質!』と同じくらい、「変な記述!」がたくさんありそうですよね。(※恐縮です。)

・塚本大千葉ビル6Fにあるとされる内装仕上工事業の会社です(2013年)
 http://www.diplo-ltd.co.jp/company/page4_2013_chiba.html

 2013年に新しいクラブハウスが完成し、東我孫子カントリークラブとしては、やっと、まっとうなゴルフ場としての道を歩き始めたのだという理解でございます。コースの歴史は1960年から刻まれていても、ゴルフ場としての歴史は2013年に始まったばかりだという気持ちで、これから長い時間をかけてすばらしいゴルフ場になっていかれることを期待しようではありませんか。

・我孫子市「利根川ゆうゆう公園」
 https://www.city.abiko.chiba.jp/event/shizennonaka/kouenryokuchi/tonegawayuyu.html
 https://www.city.abiko.chiba.jp/event/shizennonaka/kouenryokuchi/tonegawayuyu.images/yuyu.gif

 > 利根川ゆうゆう公園は、利根川右岸側の古利根沼付近から布湖排水路までの約4.5キロメートルの河川敷内にあります。面積は86.3ヘクタールあり、平成14年度から国土交通省と連携しながら整備を進めています。公園には、自然観察ゾーン、スポーツゾーン、ファミリーレクリエーションゾーン、自然緑地ゾーンの4つのゾーンがあります。

 この公園ができるまでは我孫子市内でゴルフ場の面積も全体に対して大きかったのではないかと推察してみます。(※あくまで推察です。そもそもどのように計上するのかを勉強しないとです。野球をしないひとが多くても野球場を数えつつ、ゴルフをしないひとが多くてもゴルフ場を数え…るはずですよね。)

・Google ストリートビュー 「中峠城(芝原城)」(我孫子市中峠)付近
 https://goo.gl/maps/YSpVdT7SFzH2
 https://goo.gl/maps/HWFZHJBerNQ2
 https://www.library.city.abiko.chiba.jp/kyodo/abiko-ref/01sibahara.htm

・Google ストリートビュー 我孫子市「中里市民の森」付近のデイリーヤマザキほか
 https://goo.gl/maps/CrveXNPp8dq
 http://www.city.abiko.chiba.jp/event/shizennonaka/kouenryokuchi/shiminnomori/nakazato.html

 > イヌシデ、サクラ、シラカシ、クリ、スギなどの樹木があり
 > 落葉樹の葉が落ちる季節には手賀川沿いの田園風景が望める

 > 落葉樹の葉が落ちる季節
 > 落葉樹の葉が落ちる季節

 …うーん! あえていおう! それは「冬」であると!!(棒読み)「落葉樹の葉が落ちる季節」などと11文字、あまつさえ「落」と「葉」の字を2回ずつ使いながら我々(大巾に中略)漢字1つで「冬(どやぁ」。たぶんこれだね。(※表現は演出です。)

・千葉日報「液状化に浸水追い打ち 我孫子市布佐地区」(2013年10月19日)
 http://www.chibanippo.co.jp/news/national/161947

 > 台風26号の影響で、我孫子市布佐地区で浸水被害が相次いだ。同地区は2011年3月の東日本大震災で深刻な液状化被害を受けたばかり。

 > 同地区の雨水を近くの河川に排出するポンプ場の建設を進めているが、完成は15年3月の予定だ。

・産経新聞「我孫子市、再液状化対策を断念」(2017年3月5日)
 http://www.sankei.com/region/news/170305/rgn1703050032-n1.html

 > 昨年1月、土地境界が影響を受けた区域の登記簿訂正作業が完了。

 > 市は地下水をポンプで抜き続ける再液状化防止の対策を提案したが、住民の賛同が得られなかった。

 > 再液状化対策として市は地下水くみ上げの「地下水位低下工法」を提案したが、地権者261人中43人の同意しかなく、平成26年11月、国の財政支援による「市街地液状化対策事業」の実施断念を表明した。

 「井戸水くみホーダイ」([3501])といって工場や鉄道の車両基地、それに大規模な農業者を誘致するなど、単なる「再液状化対策」としてではない地下水の利用が図られるとよいですよね。地下水は使いすぎてもだめ、まったく使われないのもだめと、こういうわけです。

・のうりんすいさんしょー「大規模経営体」「法人経営体」の用例です
 http://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h24_h/trend/part1/chap3/c3_1_01.html

[3501] じゃぶじゃぶ京葉線
 > JRと大きく描かれた「JR給水塔」が見当たらない代わりに(略)埋立地を固めるためにも効果的なのか(?)井戸水でもくみ上げているんでしょうかねぇ。「幕張温泉」については[3159]を参照。

※地下水の「○○水系!」について[3384],[3415]も参照。

[3384]
 > (そこら中がつながっている)地下水に対して地上の行政界を厳密に適用しようというのはアレだなぁ、と素朴には思われますが、法令がそのようになっているのがいけないのであって、先に法令の抜けを埋めなければなりません。たぶん。

 > 地下水も、わかる範囲で「○○水系!」といって、行政単位でなく水系を単位として規制すればいいんではないでしょうか。たぶん。でも、地下水の流れが完全にわかっているとも限らず、むずかしそうですね。

 > 朝倉市「相窪の灌漑機」([3375])、茨城県「地下水の採取規制について」([3224])も参照。

・Google ストリートビュー 「県営湛水防除事業 利根排水機場」付近
 https://goo.gl/maps/9bmAUbnLrq32

・東葛飾農業事務所「知っていますか?」
 https://www.pref.chiba.lg.jp/ap-toukatsu/toukatsu/shisetsu.html

 > 利根川の田中調整池にある「利根排水機場」は、洪水になっても大丈夫なように、1階部分は空洞になっています。

 > 戦後の食糧増産政策として、昭和20年代に田中(洪水)調整池内に整備された優良農地を守るため、青山排水機場及び利根排水機場が整備されました。

・Google ストリートビュー 「青山排水機場」付近
 https://goo.gl/maps/myL6jdGPiYH2

 当地は青山、南側は青山台([3548])でございます。ゴルフ場としても「東我孫子」などと冠さず、「青山」を入れたらよかったのではなかろうかと、思わなくもないという話題でございました。農業と治水あっての『河川敷コース』であります。むしろ「青山田中CC」などと、最大限にリスペクトを示す名称に、いまからでも変えられてはいかがでしょうか。(農業は)「河川敷を管理する役所とは役所が違う!」などと、そんなことをいっていてはいけないのですよ。(※ゴルフ場の名称すらも「お膳立て」されていたのではないかと疑いつつ、いまなお運営会社には名称を変える自由がない(≒あくまでこの名称での利用許可である&名称を含めて現状を変える場合は審査がやり直し!)とあらば、きわめてメッソウなことであります。)

・「青山高原CC」のイメージです
 http://www.aoyamakogen-cc.com/

 > 当クラブ浴室のお湯は近くの源泉から直接汲んでいる七栗温泉です

 利根川すぐそばの青山なのですから、掘れば温泉くらい出ないものでしょうか。本当でしょうか。井戸を掘っても真水が得られないからこそ手賀沼が必要とされるのでは、ないのでしょうか。もっと本当でしょうか。

・「手賀沼温泉」(柏市)の説明です
 http://manntenn.com/spa/

 > 地下1800m
 > 温泉成分が非常に濃い【ナトリウム塩化物強塩泉】で源泉の温度も41.5℃と高い

・「きぬの湯」(常総市)の説明です
 http://www.kinunoyu.com/kounou/

 > 泉質:ナトリウム-塩化物泉(弱アルカリ性低張性温泉)
 > 泉温:32.6℃

・(個人のページ)「飯岡温泉」(旭市)に関する説明です
 http://machispa.la.coocan.jp/html_chb_s/iioka_yokone.htm

 > 敷地内からゆう出する濃い褐色を帯びたぬるぬる感を伴う重曹泉を加熱利用している。

 > ナトリウム−炭酸水素塩冷鉱泉、16.4℃

 あいだをとって(※恐縮です)ほぼ常温でぬるぬる感を伴う薄い褐色くらいの温泉(鉱泉)が青山では湧きそうだと思いませんか? ひいては「再液状化対策」などといってくみ上げてろ過して利根川に排水するばかりでなく、きちんと「温泉」として活用なさって「ペイ」されたらいいのですよ。(※あくまで個人の見解です。)

※「黒湯温泉」については[3428],[3507]などを参照。


この記事のURL https://neorail.jp/forum/?3549


(約15000字)

この記事を参照している記事


[3557]

研究ホワイトボックス(25) ハイパー・ゼロ:「博物館評価」とは

2017/10/16

[3585]

いま問う「一日中モーニングサービス付」のココロ(仮)

2017/12/19

[3617]

武蔵野市「武蔵野市地域公共交通総合連携計画」(2010年3月)を読み解く

2018/3/10

[3690]

【作の口】「ゴルフ練習場」を「健保」で読み解く【伊豆ベロドロームあり】

2019/2/1

[3777]

続・「駅名ランダマイザー(Z47T-DFK)」の遊びかた

2019/9/30


関連する記事


[3601]

【カムロちゃん】『京成うすい駅』とその周辺【山の神バス停あり】 tht - 2018/2/15

列車 車両 線路 発想 研究 道路 建物 国鉄 ゲーム 課長


[3640]

研究ホワイトボックス(32) 「単元」と「難易度」を示した「総合的な教材」をつくるには tht - 2018/4/30

列車 車両 線路 発想 研究 道路 建物 国鉄 実装 観念


[3654]

「黄色い線路」はどうして黄色いのですか? / ほか tht - 2018/6/16

列車 車両 線路 発想 研究 道路 建物 国鉄 実装 超過密ダイヤ


[3679]

【LOD】狂う「速度感」【あおりあり】 tht - 2018/9/13

列車 車両 線路 発想 研究 道路 建物 国鉄 実装 超過密ダイヤ


[3747]

難しい9 tht - 2019/8/15

列車 車両 線路 発想 道路 建物 国鉄 実装 ゲーム 発泡スチロール


[3694]

いま問う「(お好きな地形)EX(30倍)」(2010年3月・2013年2月)のココロ(計画編) tht - 2019/3/1

列車 車両 線路 発想 道路 建物 国鉄 実装 ゲーム サロ


[3743]

地下鉄24 〜とぅえんてぃー? ふぉー!!〜 tht - 2019/8/1

列車 車両 線路 発想 研究 道路 建物 国鉄 実装 課長


[3772]

いま問う『東海道53』のココロ / ほか tht - 2019/9/23

列車 線路 発想 道路 建物 国鉄 ゲーム 仮名 マップ 季語



話題を見つける

●多彩な方法でフォーラム内をサーチ!
●目的に合わせて使い分けよう。


2014年度以降の主な記事(スコア順)
HITSアルゴリズムを用いたブラウジングをお試しください。【詳細】


四半期ごとの主な話題
(1999年度〜最新


最近の主な話題
(2014年度〜)


キーワード (索引)
2014年度以降のキーワードや文字数の多いキーワードなどから、記事を探せます。


リファレンス (参考文献)
リンク先のタイトルをドメイン別に一覧しながら、記事および参考文献を探せます。

【自由研究】の話題
「主論文・野帳・掲示物」とは?(PDF)
【自由研究】の記事一覧(新着順)


国土地理院の空中写真 を紹介している記事
(PCでの閲覧をおすすめします)


「多変量解析実例ハンドブック」の記事一覧(新着順)
「R with Excel」の記事一覧(新着順)
(統計解析環境「R」を電卓のように使い、データの入力とグラフの保存のため「Excel」をノートのように使います。)


画像で探す
列車 | | 植物 | | 計算機 | 掲示物 | 食べもの
この記事に関連する画像





neorail.jp/は、個人が運営する非営利のウェブサイトです。広告ではありません。 All Rights Reserved. ©1999-2019, tht.