フォーラム neorail.jp
2020/7/28 - 最終更新:2020/8/7
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投稿者:tht(運営者による投稿)
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[4133]

【博物館法SP(仮)】

きょうはえのすいでとくじら。


(約10000字)

 とくじらです。

・(♪〜)
 https://japan-design-contents.imazy.net/images/lifestyle/tonsui-for-nabe/main.jpg

 この写真を見て、えのすいととくじらに丸をつけなさい。…そっちはとんすいですよぅ!!

・…フェイク!!! THE・「きょうは横浜人形の家でミニチャーハン。」(※巻き舌)
 https://minatomirai21.com/206318
 https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/cubic-data2019/wp-content/uploads/2020/02/IMG_2597.jpg

 > フェイク ミニチャーハンをつくってみよう!

 もっとだよね。(※なにが?)

※表現は演出です。

・NHK宇都宮「徳次郎町の読み方「とくじら」へ」(7月30日 13時58分)
 https://www3.nhk.or.jp/lnews/utsunomiya/20200730/1090007399.html

 > 宇都宮市や市の教育委員会によりますと、「とくじら」の由来は日光市に住んでいた「久次良」氏の一族が奈良時代に現在の徳次郎町に移り住み、「外久次良」と称したことによるといわれているということです。
 > その後、「とくじら」という音にあわせて漢字が当てられ、「得志良」や「外倶示良」などが使われました。

 「漢字が当てられ」というのは不正確ではないか。かな文字がはっきり確立(1音1字に統一)しないうちは、なんでもよかったのだよ。現代でもそば屋やうなぎ屋ののれんを見てごらんよ。割り箸の袋でもいい。えー…(てんてんてん)。

 > 戦国時代ごろから「徳次郎」という漢字が使われ始め、江戸時代ごろには地名としての表記が広まったとみられるということです。
 > 昭和29年に現在の徳次郎町が含まれていた旧富屋村が宇都宮市と合併する際に、理由はわかっていませんが「とくじろう」というふりがなが登録されたということです。
 > しかし、その後も地元の人たちは「とくじら」という呼び名を使い続けてきていました。

 > 昭和29年に
 > 理由はわかっていませんが「とくじろう」というふりがな

 かなり“元凶”を突き止めた感ある。(※個人の感想です。)

 https://image.itmedia.co.jp/nl/articles/1906/17/ts_hentaigana03.jpg
 https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1906/17/news071_2.html

 > ここで忘れてはいけないのが、ひらがなの発明以前、1つの音を表記するために用いられていた漢字が必ずしも1種類ではなかったということです。

 > 詳しい説明は省きますが、おおよそ区別の必要はなく、どの漢字を使ってもよかったそうです。

 > 時の流れの中で、書きやすさなどの点から一部形を変えたり、使われなくなったりしたものもありますが、多くの文字は長い間等しい扱いを受けていました。この状況は、幕末の混乱を乗り越えて明治時代まで続いていました。

[4046]
 > …『徳次郎石』!!(※徳次郎は地名です。)

 http://blog.tuad.ac.jp/rekisan/%E7%9F%B3%E3%81%AE%E9%87%8C%EF%BC%8D%E5%BE%B3%E6%AC%A1%E9%83%8E%EF%BC%88%E3%81%A8%E3%81%8F%E3%81%98%E3%82%89%EF%BC%89/
 https://blog.tuad.ac.jp/rekisan/wp-content/uploads/2013/07/IMG_5606-600x450.jpg

 > 農村部に石が集積する町として著名な徳次郎にやってきた。といっても規模がまるで違う。

 > 地元の徳次郎石は緑色がかっていて、ミソと呼ばれる「ス」が少ない。したがって細工物や貼り石に用いられた。西根の集落ではメインストリートに面して蔵や石塀が林立するので石が目立つ。各家庭には石蔵が1〜4棟あり、石瓦の屋根も少なくない。家財をいれておくだけでなく、アーチ形の入口をもつ「アマヤ」は農作業場や、農機具置き場として利用されている。かつては芋なども貯蔵した。石蔵といっても大谷の延石(五十石)を縦積みした構造体をなすものと、木骨の外壁に徳次郎石の薄板を貼り付けたものがある。後者が古いらしい。

 > 上層農家の富貴の象徴として建てられた。蔵の窓や庇の装飾がとにかく派手である。垂木や斗供表現、唐草・雲形文、七福神のレリーフ・・・。また、ギリシャ神殿建築の円柱表現がやけに目につく。和洋テイストがごちゃまぜの感。もはや過剰デザインの域に達している。
 > 作る側、使う側の、その時々の信仰やあこがれ意識がこのような多様性を生んできたと思われる。高畠には見られない世界がここにはある。

 ほめてません。(キリッ

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E7%9C%8C%E5%BA%81%E8%88%8E#%E6%9C%AC%E5%BA%81%E8%88%8E

 > 昭和初期に流行した帝冠様式が取り入れられている。
 > 建築工事費約275万円を費やして1928年(昭和3年)10月31日に完成した。塔屋は「キングの塔」として親しまれており、横浜税関本関庁舎(クイーンの塔)、横浜市開港記念会館(ジャックの塔)とともに「横浜三塔」の一つに数えられる。かつてこの塔は「修養塔」とよばれており、最上階に横浜の総鎮守とされる伊勢山皇大神宮の分霊が祀られていた。

 似たようなものだ。(※個人の感想です。)

・ウィキペディア「徳次郎町(とくじろうまち)」「大字徳次郎(とくじら)」とは
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E6%AC%A1%E9%83%8E%E7%94%BA

 > 当初は『外久次良』(とくじら)の地名だったが新田徳次郎昌言がこの地に徳次郎城を築いたことに因んで漢字を当てて『徳次郎』(とくじら)としたため、後世に『徳次郎』の文字だけが一人歩きし『とくじろう』と誤読されたと云われる。

 > 日光の久次良氏(久次郎氏)の外領ということで、外久次良(外久次郎=とくじら)とされた。

[4047]
 > そもそも外久次良だから「徳次郎」と名乗ったとかって、ありません? あらあら、まあまあ!(※笑顔)読み方も書き方も定かでないままにしておくのがいわゆるインテリジェンスですってよ?(棒読み)

 いわゆるインテリジェンスねぇ。…実に、いわゆるインテリジェンスとねぇ。昭和29年には、まだ必要なことだったということか。本当でしょうか。(棒読み)

 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f0/JR_East_E233_series_EMU_1001.JPG

 目が光った。目が光るといえば…(てんてんてん)。

 https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/w/wasan/20140913/20140913221956.png

 画像はイメージですと棒読みして…えっ。…えっ!?(※あわてたようすで!)

[3823]
 > 「清正公前」は実在した……!!!(違)

 https://3.bp.blogspot.com/-vzf3ydT6M84/U3grtViyEVI/AAAAAAAADIc/5WR3hhhXn-g/s1600/IMG_1366.JPG

 > > ネロは清(きよし)、パトラッシュは斑(ぶち)、アロアは綾子(あやこ)、ステファン・キースリンガーは木蔦捨次郎(きつた・すてじろう)などと訳された。

・…さくらといえば伊藤公記念公園だもん! ただのさくらじゃないもん、伊藤公記念公園/さくら(イトウコウキネンコウエン/サクラ)だもん!!
 https://www.jalan.net/kankou/spt_35210ac2102030602/
 https://www.jalan.net/jalan/img/0/spot/2030/KXL/35210ac2102030602_1.jpg

 > 伊藤公記念公園/さくら(イトウコウキネンコウエン/サクラ)

 > じゃらん旅行ガイドを見たと伝えるとスムーズです。

 ここまで「束荷2250番地1」の話題でした。(棒読み)

・(再掲)
 http://nikko.4-seasons.jp/guide/spot_detail.shtml?0:262
 http://nikko.4-seasons.jp/cgi-bin/cms/cms_res/img/000/000/1352451300_456.jpg

 > 徳川時代までは「十八王子」といい、明治2年に祭神を少名彦名命として社号を花石神社と改めました。
 > 正月三が日後の日曜日に五社祭があります。(磐裂神社、青龍神社、八幡神社、花石神社、久次良神社)

[4047]
 > 並び称される久次良神社の久次良氏である。○か×か。そもそも「久次良」とは何を言い表した名前もしくは地名なのか。えー…(てんてんてん)。

 > 「久次良」は1音ずつ字をあてた、仮名とも漢字ともつかないそれであるからして、まっさきに何か違う「クジラ」というものを音だけで想像するのが自然というものだ。

・(再掲)「語源未詳」
 https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/%E7%AC%AC10%E5%9B%9E-%E8%AA%9E%E6%BA%90%E6%9C%AA%E8%A9%B3

 > 「メクジラヲタテル」は現代日本語でも使う表現だ。筆者も使うことがある。そういえば「メクジラ」の「クジラ」についてはあまり考えたことがなかったな、と思った。

 > 『日本国語大辞典』を調べてみると、全部で47の「語源未詳」があることがわかった。「メクジラ」はそのうちの1つだ。

 > 47の「語源未詳」があったと記したが、これはオンライン版の検索機能を使ってのことなので、確かな数だ。「語源未詳」と記されている見出しが47しかないということは、多くの見出しに関して、そうした「判断」そのものをしていないということになる。つまり「ヤマ(山)」や「タニ(谷)」ももちろん語源はわからないけれども、そこにはわざわざ「語源未詳」とは記していないということだ。語源説をよむのは楽しいが、語源を厳密に追究することは日本語の場合むずかしい。

 https://www.enosui.com/diaryentry.php?eid=02306
 https://www.enosui.com/cmsdesigner/data/entry/recommend/recommend.00584.00000001.jpg

 > こんにちは、鈴木です。

 はいこんにちは。じゃらん旅行ガイドを見たと伝えるとスムーズです。(違)

 https://www.enosui.com/cmsdesigner/data/entry/diary/diary.02306.00000001.jpg

 > 「ク」は古語で黒を表し、「シラ」は白を表します。(一般的なイメージの)鯨の背側が黒色で腹側が白色であることから「黒白」で「クシラ」となり、それがつまって「クジラ」と呼ぶようになったようです。
 > ちなみに漢字では「鯨」と書きますが、昔、鯨は哺乳類ではなく魚と思われており、その大きさが普通ではなかったことから、京(兆の1万倍の単位)のような計り知れない魚ということで「魚」と「京」をあわせて「鯨」となったと言われています。

 「えのすい」の鈴木さんでした。ありがとうございました。(棒読み)

 https://www.kujira-town.jp/know/1902/

 > 日本近海は鯨の回遊路にあたり、約40種類ほどの鯨類が生息しています。そのため、なんらかの理由で海岸に流れ着く寄り鯨(ストランディング)も少なくありません。そうした鯨は昔から海からの恵みとしてありがたく利用されてきました。近代になってからも、日本各地でこのような寄り鯨の収益で建てられた小学校があり、現在でも残っています。

 積極的な「捕鯨」にはよらずに肉を食してきた歴史もあるということです。

 > 飛鳥時代には、仏教の影響からか天武天皇が肉食禁止令(675年)を発布しました。その後もたびたび肉食禁止令が出され、日本では肉食が禁じられていきますが、当時、鯨は魚とみなされていたため、このような禁止令の対象となることはありませんでした。

 > 平安時代の文書にも、久治良の記載があり
 > 平安時代の文書にも、久治良の記載があり

 > 塩皮は、海から遠く離れた山間部でも食べられるようになり、各地で貴重な動物性脂質として正月、祭りなどハレの日に食べられており、その一部が現在でも郷土食として残っています。

 > 昭島市民くじら祭り
 > 昭島市民くじら祭り

 > メーザイテン(弁天財祭り) 鯨唄

 「くじらタウン」(恵比寿西2-2-9)の見解をそのままお伝えしました。(棒読み)

[3260]
 > 「京葉線について取材したいんですが」→「千葉支社で承ります」→「三鷹延伸について」→「(千葉支社の)社内で聞いたことはない」などと…(略)。

[3727]
 > フォーマルに取材を申し込む&申し込まれるという関係でありながら(一方的に)「解説してくれた」と書いてみせる芸風みたいなの終わりにしませんか。

 > > なぜここが中央「林間」なのか。地域の歴史に詳しい、つる舞の里歴史資料館(大和市)を訪れると、資料館職員の****さんが解説してくれた。

 > この記事では職員の資格が不明になってしまっています。ちょっちガクジツ的な記事なんだからそこんとこちゃんとしようよみたいに言い合いましょう。

 再びNHK宇都宮です。はい宇都宮です。(違)

 > 日本郵便関東支社によりますと、徳次郎郵便局の読み方も以前は「とくじら」という読み方で、変更された経緯はわからないということですが、昭和62年4月に今の「とくじろう」になったということです。

 電算化したから曖昧さが許されなくなった説。全国の郵便番号などの原簿(?)が紙から電子になったのではないか。そういう本社直轄みたいなことだから、当地の郵便局(日本郵便関東支社)に責任はないから(実は知っていても)「わからない」と回答してみせる。○か×か。(※見解です。)

※本当にわからないから「わからない」と答えているのではないと疑うのがデフォルトだ。問題ない。(キリッ

 > 宇都宮市と日光市を結ぶ有料道路「日光宇都宮道路」にある「徳次郎インターチェンジ」は、管理する栃木県道路公社によりますと、以前は「とくじら」という呼称を使っていましたが、市の定めた正式な読み方は「とくじろう」ではないかと指摘を受けて平成20年ごろ名称を「とくじろう」に変更し、看板の表記も変えたということです。

 そのような半端な「指摘」の発端は何か。自力で調べる力を持つ者なら、それほどにも半端な「指摘」をしてしまうには至るまい。例えばこうだ。すでに電子化され誰でも入手可能なかたちで提供すらされていた「郵便番号データ」([3707],[3708],[3742])を発端として気づき、調べると確かに「市の定めた正式な読み方」だからというだけで、それ以上のことは何も調べずに「市の定めた正式な読み方は「とくじろう」ではないか」などと指摘したのであれば、なんと視野が狭くて乱暴なことよ。それより10年後の現代に現役のわたしたちは決して、このような態度に陥ってはいけない。歴史は複雑なのだ。「市の定めた正式な読み方」にも「郵便番号データ」にも、それは当座の取り決めとしての有効性しかなく、そこに絶対の正しさがあるなどととらえてはいけない。

・ここで「八王子市」より「八王子千人同心の歴史」をお読みいただきます
 https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/003/002/p005303.html
 https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/003/002/p005303_d/img/006.jpg

 > 八王子地域の治安維持を主な目的として、9人の頭(かしら)とおよそ250人の同心が八王子に移されたのです。彼らが最初に住んでいたのは、落城まもない八王子城下でした。以降、千人同心の組織が整えられていきます。

 > 千人頭は将軍にお目見えが許される旗本格で、知行地(ちぎょうち)を与えられていました。一方、同心はお目見えの許されない立場にあたり、幕府から手当は支給されましたが、武士としての役目を勤める時以外は、八王子周辺の村に居住し、年貢も納めていました。江戸時代は武士と農民のすみわけがはっきりとしており、いわゆる兵農分離の社会でしたので、こうした千人同心のありかたは珍しい形態でした。

 https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/003/002/p005303_d/img/007.jpg

 > 千人同心は、その東照宮の防火と警備にあたり、境内や町内を見回り、いざ出火となれば消火活動にあたったのです。八王子から日光までは、当初は江戸に出て千住から向かうルートを通っていましたが、多くは八王子から拝島方面へ向かい、松山(埼玉県東松山市)・佐野(栃木県佐野市)を経るルートを利用しました。三泊四日の旅程でした。

 > この役目は江戸時代を通じて勤められ、慶応4年(1868年)に千人同心が解体するまで続きました。

 ありがとうございました。(棒読み)

・読売新聞(7月23日)
 https://www.yomiuri.co.jp/local/tochigi/news/20200723-OYTNT50017/

 > 宇都宮市の日光街道沿いに位置し、のどかな田園風景が広がる「徳次郎」町。

 いいですか。たったいま「八王子市」より「八王子千人同心の歴史」を読んだばかりのわたしたち、「街道沿い」と「のどか」という言葉は結び付かないという感覚があるのです。それはともかく、そこに「とくじろう」とふりがなをふってある読売新聞。(※体言止め)正式に変更されるまでは、あくまで「とくじろう」だぞ。そんな文を冒頭でぶつけてくる読売新聞。(※体言止め)あんたがたのいいぶんなんぞより「市の定めた正式な読み方」がだんちでえらいんだぞといわんばかり。えー…(てんてんてん)。

 https://www.weblio.jp/content/%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%81%E3%81%A7

※今回は「読み方」だけを変えるというニュースであるので、「徳次郎町」という漢字の文字列はそのままふつうに書けばよい。テレビでは読み上げないといけないけれど新聞なのだから本当に漢字だけ書いておればよい。

※時間に余裕のあるニュースなら文字で「徳次郎町」や「徳次郎郵便局」と表示しておいて「こちらの町名、なんと読むでしょうか」とか「こちらの郵便局」などと(げふ)そういうテクニックもなきにしもあらず。

 > 宇都宮市の歴史に詳しい池田貞夫さん
 > 市によると、「とくじろう」の読み方については、資料が残っておらず、その由来の正確なことは分からない。しかし、池田さんによると、1954年に旧富屋村が宇都宮市に合併された際、「徳次郎をそのまま『とくじろう』と読んだだけではないか」と指摘する。

 市の教育委員会ではなく、いきなり民間の者に聞いてしまうとはどういうことか。宇都宮市などの正式な決定や議事録に重きを置く姿勢かと思えば、そうではないのだということが明らかになる。そして、なにげに文がねじれている(「池田さんによると〜指摘する」)のにそのまま掲載されている。えー…(てんてんてん)。

 > 町内にいる「とくじら」を名字にする住民は「みんなが呼び慣れている『とくじら』の方がいいな。生まれた時から親しんできた地名になればうれしい」と話す。

 「宇都宮市の歴史に詳しい池田貞夫さん」だけを立てて(※もちろん文句なしに「詳しい」から立てようとは思うけれど⇒代わりに押しのけられるとか不当に低く言われる者を出してはならぬ)、それ以外の『一般』住民はすごくぼーっとしたことしか言わないというような極端なコントラストになっている。それは事実なのか。ほとんどの者がだいたいのことは同じように知っているのではないか。そうでなくては「宇都宮市の歴史に詳しい池田貞夫さん」のこれまでの活動(住民などへのレクチャー)は無駄であったということになってしまう。

 「町内にいる「とくじら」を名字にする住民」という表現は事実であるか&妥当であるか。

・「苗字の日」
 http://www.archives.go.jp/naj_news/11/anohi.html

 > 明治維新後、新政府は四民平等の社会を実現するため、平民に苗字を公称することを許可しました。1870(明治3)年9月19日に公布された太政官布告第608号「平民苗字許可令」です。

 > 届出を促進したい明治政府は、1875(明治8)年2月13日、あらためて苗字の使用を義務づける「苗字必称義務令」という太政官布告を出し、すべての国民に苗字を名乗ることを義務づけました。

 http://www.archives.go.jp/naj_news/img/11/anohi03.jpg

 > この布告令には、「自今必ず苗字を相唱うべく、もっとも祖先以来の苗字不分明の向は新たに苗字を設くべし」と記されています。つまり、「これからは必ず苗字を名乗りなさい。祖先以来の苗字が分からない者は、新たに苗字をつけなさい」というのです。
 > 政府による苗字公称の強制は、各方面に混乱をもたらしました。寺に頼み込んで苗字をつけてもらったり、役場総がかりで全世帯の苗字をつくったという例も記録されています。

 役場が苗字をつくった! えー…(てんてんてん)。「町内にいる「とくじら」を名字にする住民」という表現をわざわざしなくてもとは思った。

 > ちなみに、よく「江戸時代に苗字があったのは武士だけ」と誤解されますが、武士以外も苗字を持っていました。古くは室町時代に武士以外の人たちが苗字を名乗っていた資料もあります。しかし、江戸時代には武士以外は公的に苗字を名乗ることができなかったのです。

 さきほど「八王子市」より「八王子千人同心の歴史」を読んできたわたしたちなら、そういう複雑な経緯をだいたいは承知していることになる。よかった。

 https://www.t-east.jp/img/page/sn/sn-d1-2012-0_700-1.jpg

 うー…ネギおでん!! 八王子の人みたいに変なものつくるね。まったく八王子だね。(※個人の感想です。)


 [4131],[4108]に続きます。


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