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発行:2015/8/31
更新:2021/11/3

[3108]

【車両とサービスの協調設計(co-design)】

「車両限界と建築限界」を読み解く(後編) 在来線「裾絞り車体」の開発から普及まで

番代 支障物 ASSP E351 DSP 車両限界 省令 系客車 音声合成


「国電」にも車両基地の問題
私鉄・地下鉄における「車両の大型化」
「青ガエル」のテープにみる「普及」
表 国鉄(JR)在来線における「裾絞り車体」の普及(ウィキペディアなどによる)

(約12000字)

 「車両限界と建築限界」を読み解くと題し、前編([3107])では、日比谷線の「車両限界と建築限界」が、これまでどのように扱われてきたのかを、資料から(想像で補う部分もありますが)まとめました。

 後編([3108])では、(戦後の)国鉄の在来線における車両の開発の歴史をひも解き、近年JRでいう「幅広車両」、国鉄でいう「裾絞り車体」の普及の経緯を追ってみます。


 近年JRでいう「幅広車両」(2950mmのソレ)は、「混雑緩和の切り札!」という前評判(≒広報)とともに導入が進められてきています。

・「JRのE233、E231などの最近の車両は車幅が…」(2013年7月4日)
 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12109759377

 > 特急車両は、1957年から、裾を絞り、上方も絞った車体を試用しているし(電車で2946mm巾)、急行型も1958年から裾を絞った車体(2900mm巾)を使っている。実際の車両限界は3000mmまであるので、211系から2950mm車体がつくられるようになり、そのサイズが通勤型にも普及した。

 > どこかの電車区(車庫)の設備が幅広車両の対応してなくて、隣の車両に接触する危険が有った

 > 混雑の緩和の為に幅広車体を採用

 車両の歴史に不勉強で恐縮です。いま、簡易に調べてみましょう。(誰でも同じことがインターネットを使っていますぐ調べられます。スバラシイ時代になったといってヨロコバレます。)

 そしてこちら、表にまとめてございます…といって、いきなり表でございます。(いろいろと端折って、恐縮です。)

■表 国鉄(JR)在来線における「裾絞り車体」の普及(ウィキペディアなどによる)

1956年151系直流特急形電車の開発
(1956年の東海道本線の全線電化にあわせ計画、
1958年11月に営業運転を開始
〜1964年9月まで「こだま」として運転)
1957年101系直流通勤形電車(〜電動車の製造は1966年まで)
※裾絞り車体ではありません
1958年153系直流急行形電車(〜1962年)
1959年6月1日称号規程改正(昭和34年5月30日総裁達第237号)
1960年常磐線に401系交直流電車の量産先行試作車
(1961年6月の取手−勝田間交流電化にあわせ量産投入〜1966年)
※関門トンネルの直流電化にあわせ421系交直流電車も同時に開発・量産
1962年401系・421系をもとに111系直流電車
(113系直流電車に続く)
1964年481系交直流特急形電車(1965年からは483系も製造)
1964年10月1日東海道新幹線が開業
1965年151系・161系を統合し181系の製造へ
1968年481系・483系を統合し485系の製造へ
1972年総武・東京トンネル乗り入れに対応する113系・183系
1987年4月1日国鉄民営化、JR発足
1989年(東海道線・横須賀線などに2階建てグリーン車)
1991年(常磐線に2階建て普通車「クハ415-1901」〜2005年7月まで営業運転)
1992年4月(東海道線に「オール2階建て」の215系)
1994年12月(総武快速・横須賀線にE217系)
1998年10月総武緩行線に209系950番代
(E231系の量産先行試作車)


 この時代の気分を味わうため、「昔の写真」を掲載されている貴重な個人のページを散策いたしましょう。

・個人のサイト「総武線の蒸気機関車 (1969年7月〜8月)」
 http://www.dagashi.org/rail/rail10.html

 > 1969年は東京都区内から蒸気機関車が消えた年である。8月にC57が引く両国発客車列車のお別れ運転が実施される。今回はその直前、高架複々線の工事が盛んだったころの総武線の風景である。
 > 左の写真はおそらく小岩駅である。乗っていた電車から、新小岩機関区を発車しそうな貨物列車の姿が見えたので、次の小岩駅で降りて待ち構えたと記憶している。D51の21号機は、すさまじいスピードで通過していった。
 > 右の写真は間違いなく小岩駅。101系の快速さざなみ両国行きである。かなり珍しい列車ではないだろうか。

 つまり、総武線では、複々線化によって「快速線」ができ113系が投入されるまでは、特別料金不要で乗れる列車や電車としては、裾絞り車体の車両は走っていなかった、というわけです、たぶん。グリーン車にタヌキが云々、も、おぼろげながらわかるような気がしてきます。

・同「総武線 (1972年7月)」
 http://www.dagashi.org/rail/rail33.html

 > 総武線で思い出すのが、1968年の千葉〜成田電化の際に横須賀線色の70系が快速成田号として走っていたことだ。残念ながら、その写真を撮ることはできなかったが、その代わりに1972年になってから撮ることができたのが、この写真。総武快速線開通直前に走っていた中野〜成田の101系快速電車である。同様のヘッドマークで、中野〜木更津の快速もあった。
 > 両国地平ホームで撮影した急行3列車揃い踏み。外房線電化の直前である。外房線電化にともなって、房総西線は内房線に、房総東線は外房線に改称された。急行は房総一周の系統となり、時計まわりが「みさき」、反時計まわりが「なぎさ」となったが、のちに内房線の「うち房」、外房線の「そと房」に戻った。

 なーんだ、特急や急行の「再編」って、結構(かなり)頻繁に、しかもそのたびに大きく変わりながらいまに至っているんだなぁ、と実感されます。(いえ、当時のことについては実感はありませんけれども。)「あやめ」「すいごう」「さざなみ」がどうのこうの、といって、その実、さほど心配にはおよばないのかもしれません。

・個人のサイト「湘南電車・横須賀電車・国電など。」
 http://members3.jcom.home.ne.jp/railservice/jnr13.html

 > 久里浜に止まっていた70系。
 > 横須賀〜久里浜を折り返して走っていた横須賀線電車。形式わかりません。
 > 走行中の横須賀線、32系か。

 > 111系普通電車 戸塚付近 昭和38年
 > 横須賀線70系もそうでしたが、一部にロングシートがある列車はこのころからあまり好きではありませんでした。

 横須賀線の側も、裾絞りでない70系や32系(?)から、総武線との直通(というよりは東京トンネルへの入線)にあわせて113系へと刷新されたという流れではございますが、しかし、当時としてもロングシートが云々と受け止められていたんですね…本当でしょうか!?(「(比較的、近距離で)痛勤」されていた方と、そうでない方(遠距離通勤の方か、あまり乗られなかった方)とでは感想が異なりましょう、たぶん。)

 同様に、中央快速線ではE233系の投入まで「快速電車」は裾絞り車体ではなく、その他、ほとんどの線区(103系や205系が投入されていた線区)が同様だったと、ふつう、そういう方向からはあまりかえりみられませんけれども、あえていえばそういうことであったと、いうことができることに気づかされます。

・(参考)国鉄70系電車のインテリア
 http://blog.goo.ne.jp/terunao920/e/af67b19358805405f663a526750714cb
 http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/48/7478d0b358a2662887725821e316198a.jpg

 > 70系 0番台 木造車の車内       
 > アンティークな高級家具を思わせる車内 ニス塗りの座席&壁板、つり革、網棚、灰皿、扇風機すべてが使い込まれ独特の雰囲気と心地よさ・・・
 > また、今の電車では到底味わえない不思議に落ち着くあの匂いがありましたね。

 いま、再び不燃の木質系内装材が電車に使えるようになりつつ、しかし、木質系を採用してもやはり車内を明るく感じさせることが優先されて(材質を問わず白っぽい材料が好まれ)、いまから「アンティークな高級家具」のテイストを採用しようとは、なかなかなりそうもないですね。でも、遠距離の通勤なら電車で朝食、せめてコーヒーを楽しめるくらいに「高い居住性(おうち電車)」とでも呼んで実現を目指していくというのも不可能ではないでしょう。

・(参考)「おうちカフェ」
 http://donkidokod.exblog.jp/15565884

・ウィキペディア「国鉄101系電車」「国鉄153系電車」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%84101%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%84153%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A

 > 101系
 > 主に従来型の吊り掛け式国電と比較してのメリットを挙げているが、最後の項目では、既に実施されていたモハ80系よりもさらに長距離・高速運転の電車を開発するということを示唆している。これはモハ90形が新世代通勤国電であると同時に、後に151系、153系、さらには新幹線計画に至る国鉄長距離列車の高速化・動力分散化への技術開発とその実車検証のためのものであることを表している。

 > 151系
 > 本系列を最も特徴付けるのは、高速運転に備えて運転士の視界を確保するため高く上げられた運転台(略)
 > (略)当時の日本国有鉄道運転規則(省令)では前灯は1灯と決められていたが、110km/hという未曾有の高速運転の実施のため、運輸大臣の特認を得て遠方視認性向上を目的に増設された。
 > 車体幅は2,946mm(骨基準)。高速運転に備えた低重心設計の観点と乗客全員の着席乗車を前提としたことから、客室床面高さは1,110mm、天井高は2,100mm、屋根高さは3,350mmと極力低く抑えられた。車体長は(略)
 > これらの設計は特急列車専用車として徹底的な配慮がなされたもので、設計後50年以上経た現在においても十分通用する車体形状である。

※技術開発の奥ゆかしさといいましょうか、「こんなこともあろうかと」の最たるもので、技術に興味を持てば必ず一度はアコガレル部分だと思います。また、省令が想定していない「新しいもの」を実現すべく、省令のほうを「変えてくださいオネガイシマス」といって回る、(国鉄内部における)「上」のクロウのようなものもまた、シノバレます。技術だけではいかんともしがたい部分にもきちんと取り組んだからこそ実現されたといえましょう。こういう「行動力のようなもの」は、単にお行儀よく「コンプライアンス」だと言っているだけでは、一種「勝ち取る」ことができないものだといえます。実地の技術も理論の裏付けもあってこそであるのは当然ですが、その上で「高度に自律」といいましょうか、「上」にもまた、きちんとクロウすることが期待されているのです、たぶん。


●「国電」にも車両基地の問題


 複々線化による「国電」の実現には、地下鉄とまるで同じ車両基地の問題がふりかかります。端的には、中野や三鷹、津田沼に、より多くの編成を留置できなければならず、現実には、それでも足りなかったので「(豊田や青梅線内などに留置する)快速線車両による深夜早朝の各駅停車」で「乗り切った(需要をさばいてきた)」と説明されましょう。

※需要が落ち着いたなら、真っ先に是正されるのが「快速線車両による深夜早朝の各駅停車」なのかなぁ、とも想像されてきますが、あくまで想像です。

 車両基地内での建築限界は、「人が窓から頭や腕を出すことが絶対にない」という前提で(高速で対向の車両とすれ違うこともないため風圧なども問題なく)、本線よりもカツカツになっていても問題ないとみなしていると説明されていたような気がします。(「見学時の注意」として説明されるはずです。)幅広車両を入れたらただちに車両同士が接触するほどカツカツではないにしても、出入りの分岐部などで架線柱(電化柱)に車体を擦る(運悪く空気ばねがよく効いて右へ左へユッサユッサとしたときに擦るかもしれない)、というくらいの「支障」が、あちこちにあったのではないかと思われます。そうしたものを無理なく、すなわち、もともと計画されている長期的な設備改修にあわせて支障物を順次、取り除いていき、車両基地がOKになれば幅広車両を導入できる、といった順序で、これまで進められてきたのだろうと思われます。

・ウィキペディア「こだま」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%93%E3%81%A0%E3%81%BE_%28%E5%88%97%E8%BB%8A%29

 > 運行開始までのエピソード
 > 1958年(昭和33年)10月1日に、俗に「サンサントオ」と呼ばれるダイヤ改正が実施され、「あさかぜ」に20系客車が投入された。本来は「こだま」もこれに合わせて運転を開始する予定であったが、新機軸の多い車両のため8月下旬に予定されていた完成が9月にずれ込み、さらに所要の線路側の改良作業の完了は10月直前まで掛かることになった。

※「裾絞り車体」の導入にかかる、本線および車両基地での支障物の移転ですね、わかります。そして、この後も万事この調子で、現に裾絞り車体が入線するとなってから順次、移設を進めていくという、(必要に迫られるまでは着手しない[3031]という)きわめて長期的な計画で進んできた…はずですが、そんな一種「あたりまえのこと」をわざわざ言及している資料(ウィキペディアで出典として示せる、の意)って、あるんでしょうか。

 そうした「大きな流れ」のようなものを考えますと、「コストが云々」というのは時間が解決してくれる(新幹線から始まり、通勤形には最後に普及する[3103])ことですし、「混雑緩和」は、結果的にはそうですけれども、そのために技術開発をしたというほど短絡的でも短期的でもない施策だった、といった見方をすることができてきましょう。

 もう一度、依存関係や順序関係だけを見てみましょう。

・電化によって、「客車」に代わる「電車」の新規開発が求められた
・車内空間の快適性(「居住性」とも)を向上させて「サービスを向上」したい(まずは特急から:「ビジネス特急」と呼ばれた「こだま」)
・ └新幹線の大型化へ(建築限界や車両限界の、新規での合理的な「TOTAL DESIGN」[3060]に取り組んだ)
・  (新幹線に取り組む中で得た知見を活かして)在来線もそれなりに向上したい
・在来線向け裾絞り車体の開発(車両限界に対する車両の最大化)
・本線や車両基地での支障物の移設(まずは特急形だけ→やがて近郊形ぜんぶ→最後に通勤形も)

 たいへん大ざっぱには、こういうことですね、と早合点されましょう。そして、最後の「通勤形ぜんぶ幅広」は、まだ完了していないわけです(武蔵野線、相模線、八高線、房総各線、鶴見線など)。気動車のほうが先に裾絞り車体で幅広になってしまいそうな勢いで、なかなかむずかしいものですね。きわめて実地な話としては、209系とE501系が残る限りは「(裾絞り車体の)普及率100%」には達しないということです。まだまだ長そうです。


●私鉄・地下鉄における「車両の大型化」


 さて、国鉄だけでは「1957年に特急形で裾絞り車体」という例が見つけられませんでしたので、私鉄も含めて見てみましょう。

・ウィキペディア「小田急の鉄道車両」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E7%94%B0%E6%80%A5%E9%9B%BB%E9%89%84%E3%81%AE%E9%89%84%E9%81%93%E8%BB%8A%E4%B8%A1

 > 軌道や変電所などの投資を極力抑えつつ車両の高速性能を向上するという方針が立てられ、(略)1954年にまず車体や台車の軽量化を図った2100形が登場し、同年には初のカルダン駆動車となる2200形が登場した。この頃には、国鉄技術研究所の協力も得て「画期的な軽量高性能新特急車」の設計が進められていた(略)
 > この「画期的な軽量高性能新特急車」は、1957年に3000形SE車として登場したが、小田急線内での高速試験では127km/hの速度を記録し(略)8月に入線した編成はすぐに営業運転には入らずに各種走行試験を行い、同年9月には東海道本線へ場所を移して高速試験を行い、9月27日には三島駅から沼津駅までの区間で当時の狭軌世界最高速度である145km/hを記録した。

 これですね。そして、この当時としては、技術開発の上では国鉄も私鉄も同じ課題に直面しており、いずれも研究所(現在の鉄道総研)な案件として、事業者の別では分けられず研究開発が進められたことがわかります。

※この部分、いまはどうなのかというとむずかしいですが、在来線の車両に限れば、かなりの部分が民間、すなわち車両メーカーに移っているのかなぁ、と思われます。

 傍題ですが速度の面でも、いまや在来線の車両(ただし特急形)にも設計最高速度が160km/hであるものもあり(設計上、無理があるでもなく、コスト的に無理があるでもなく、ゆうに実現されている:比ゆ的にはブレーキのディスクを「アップグレード!」しさえすれば、車両だけは160km/h運転が許される性能となる⇔実際に運転できるかは変電所の状況によります)、沿線環境や踏切の問題さえなければ、全国あまねく「ほくほく線」(「超快速」なるいま…略)…の一歩手前まで来ている、とも見ることができましょう。あとは、実際に高速化するんだとなったら、その時点で変電所を増強しましょうと(そもそも貨物列車も増強したいのでちょうどよく「超鉛筆」だといって)、それなりに現実的な話ではあるんではないかと(期待を込めて)思います。(あくまで期待です。)

※概ね485系以降、371系(? ウィキペディアでは、製造開始や営業運転開始の年月が明記されていません)は「145km/h」とされていますが、681系(1992年)、E351系(1994年)など、(当時)「景気が良かった」からともいえますが、いえいえ、いまだって景気は「良い」とされているんではないんでしょうか。ブレーキだけでなく気密構造も、という観点では、えー、120km/hや130km/hでの運転(狭くはE531系やTX-2000系が同じ速度で運転される)に、ここまでしっかりしたドアが要るんですか? とギモンされる何か的なものがあるようなないような、と感じられます。(感想は個人です。)

※防風柵とメガソーラー(発電)の延長で、全線を屋内化して騒音問題をゼロにしてしまいましょう、などということもできなくはありませんが、まだ誰も「大きな声」(効率的に実現するため一体的に推進すべきだ、などと主張される、の意)ではおっしゃいませんねぇ。

・ウィキペディア「近鉄900系電車」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E9%89%84900%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A

 > 製造メーカー:近畿車輛
 > 1961年に製造された奈良線最初の大型車両
 > この車両から最大幅2800mmの裾を絞った車体を採用
 > 1964年の新生駒トンネル・新向谷トンネル開通後は座席指定料金不要の特急(現在の快速急行に相当するもの)にも広く使用され、奈良まで乗り入れるようになった。

 (現在のJR東日本の車両についていわれるところの)「一般形」ともいえる車両での、車体幅の確保を意図した裾絞り車体の採用としては、これが最初でしょうか。

・ウィキペディア「青ガエル」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%80%A55000%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A_%28%E5%88%9D%E4%BB%A3%29

 > 1954年(昭和29年)から1959年(昭和34年)までに105両が製造された。
 > 航空機の技術である張殻構造を応用した超軽量構造と、アメリカからの技術導入による最新鋭の電装機器を兼ね備え、それ以前の日本の電車とは隔絶した高性能と軽快な車体スタイルを実現した。
 > 下ぶくれの愛嬌ある車体形態はライトグリーン(萌黄色)1色に塗装されていたことからカエルを連想させ、「青ガエル」「雨ガエル」などの通称で利用者に親しまれた。

 「車両の大型化」という「大きな流れ」の、最初のほう、だと思うのですが、取り組み始めから実現までの期間は各社さまざまで、どの取り組みが「最初」なのかは、よくわかりません。他方では、(戦前からの)木造の車両では(車体の工法上)「裾絞り車体」など考えられなかったという面もあり、大きく言えば戦後の話だといえます。


●「青ガエル」のテープにみる「普及」


 傍題ですが、「青ガエル」には当時、たいへん画期的なしかけがあったとウィキペディアで説明されていました。初めて知りました。

・(再掲)ウィキペディア「青ガエル」

 > 1955年4月1日のダイヤ改正より、東横線に渋谷と桜木町を34分で結ぶ急行の運転が再開された。
 > 東横線の急行運転開始後、車内放送装置にオープンリール式のテープレコーダーによる女性のアナウンスが流れるようになったが、メンテナンスの問題からすぐに使用が中止されてしまった。東急で自動放送が再び使用されるようになるのは1986年(昭和61年)の9000系からである。

 東急としては、バスと鉄道で同時に同じ施策(テープで「女性のアナウンス」)を実現しようと取り組まれたものの、鉄道…というよりは、東急線の線路(当時)と「青ガエル」(の世代の車両)との組み合わせにおいては、振動の問題がバスの比ではなかった、ということだったのでしょう。音源のIC化を待たなければ鉄道車両での自動アナウンス(いま「自動放送装置」と呼ばれるソレ)は実現できなかった、ともいえます。

・ウィキペディア「集積回路」
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%86%E7%A9%8D%E5%9B%9E%E8%B7%AF

 > 最初の実際の集積回路は2人の科学者が別々に製作した。テキサス・インスツルメンツのジャック・キルビーはゲルマニウムでできた「英: solid circuit」に関する特許を1959年2月6日に出願し、キルビー側は1964年6月に付与された。一方フェアチャイルドセミコンダクターのロバート・ノイスはシリコンでできたより複雑な「英: unitary circuit」に関する特許を1961年4月25日に与えられた。

・個人のページ「車内放送チャイム歴史」
 http://homepage3.nifty.com/railway-sound/history.htm

 > 1964年 新幹線0系放送・自動放送装置導入
 > 1977年 201系自動音量調整機能付放送装置の開発
 > 1982年 東北新幹線テープ式自動放送装置導入
 > 1985年 100系新幹線放送・連絡装置
 > 1985年 IC式自動放送装置(東急・名鉄)

 ICの発明は1964年までになされていても、それが鉄道車両の自動放送装置(の音源)にまで応用されるには、「猫も杓子もIC」とでもいうべき普及の最終段階、1980年代に入ってからだということでしょう。「LSI電卓」より後で、「マイコン式炊飯器」くらいでしょうか。

・リコー「RICOMAC RC-8C」(1975年)
 http://nekomaru.cocolog-nifty.com/weblog/2011/10/ricomac-8-bb71.html
 http://nekomaru.cocolog-nifty.com/weblog/1317565903847.jpg

 たいへん懐かしく、かつて定期預金や貯金をすると景品としていただけたとのこと。単3電池で動きます。利子を計算するのに電卓がいるでしょう? といって電卓をくださるとは、何とも教育的で良心的です(当時)…などといっても「過言」ではないと、近年カードローンばかりのソレ(銀行の)を見ると思います…ちょっとだけ。

 1964年の「自動放送装置」も、当然のようにテープ式だったのでしょう。そして、きわめて丁重な設置方法で一種「ウヤウヤシク」車載された、あるいは新幹線なので(軌道がスバラシク)、「飛び跳ねる青ガエルのテープ問題」(※)は起きなかった、ということなのでしょうか。両方ともありそうですね。

※当時の東急線の乗り心地は不明ですが、いまとなっては想像を絶する乗り心地(のわるさ)だったと仮定してみます。

・三菱電機「ジャー炊飯器」(1972年)
 http://www.mitsubishielectric.co.jp/home/suihanki/anniversary/history.html

・「マイコン式炊飯器」(1979年)
 http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070817/137890/?rt=nocnt

・「音声合成LSI」(1978年)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E5%A3%B0%E5%90%88%E6%88%90LSI

・富士通「ASSPの歴史」
 http://www.fujitsu.com/jp/group/fsl/resources/mailmagazine/history/

 > 1980年代、ASICビジネスで複数の顧客が同じような製品を欲していることがわかり、自社で開発し汎用品として製品化しようということから当社のASSPは始まりました。
 > (略)ASSPで代表的な製品となったのがDSP(Digital Signal Processor)でした。パーコール方式の音声合成LSI MB8760、モデム用MB8763、本格的16bit品のMB8764 (*1)、さらに1986年には32ビット浮動小数点DSP MB86232 (*2)などを開発しました。

 とのことで、マイコン式炊飯器の時代では、まだ英語の知育玩具でひとことふたことしゃべる程度が限界だったようです。やはり、鉄道車両(駅の数が多く種別もいろいろ、アナウンスする文言が多数ある:そしてバスよりキビシク振動する)に適用できるには、1980年代も後半になるまで待たないといけなかったということがわかりました。なるほど。

 そして、ある施策(大小は問わず)が実現の機会を逃すと、次は「30年後」だということもまた、「青ガエルのテープ」が示してくれているようにも見受けられます。翻って、30年ごと([3062])、ましてや60年ぶりの「転機」のようなもの(「『京浜東北線』終了のお知らせ」[3105])を迎えるにあたっては、ちょっと欲ばりなくらい(「青ガエルのテープ」のように、当座は実現しないものも含め)、あれもこれも全面的に徹底的な検討をするということが(60年間ずっとし続けるのでなく、それなりに短期集中で、の意)期待されていることがわかります。


この記事のURL https://neorail.jp/forum/3108/


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