|
(約3000字)
[2933]の続きです。ここで、あえて2012年のプレスリリースを読んで、ちょっとびっくりしてみましょう。
・三菱重工業「わが国初の総合交通システム検証施設「MIHARA試験センター」を建設」(2012/12/13)
http://www.mhi.co.jp/news/story/1212135297.html
> 起工式は2013年3月。第一期工事は約1年5ヵ月かけて竣工、その後、さらに施設を拡充する第二期工事に入る。
妙にプレスリリースらしからぬ文章が続きます。工事本体よりも「起工式」に関心を払っていることから、そういう役職の方がしゃべったのを書き留めたか、直接書いてもらったか、のどちらかでしょう。
> 昨今、高機能な信号・運行管理や都市域の複雑な路線配置への対応が要求され、それらに対応する高いインテグレーション力が受注のカギを握る傾向にある。この分野における日本の技術力は世界的にも優れているが、国際規格への対応などの点で、この技術力に見あう競争力を発揮できていない状況にある。
国際規格のほうが格下だと、あんなの諸外国が勝手に決めたんだと、あんなもの(※)、といっているようにしか読めないのは私だけではないことでしょう。
※http://tht.sblo.jp/article/88011883.html
「『わが国』(三菱)の技術」が国際規格のスーパーセットであるなら、国際規格にも難なく対応できるわけですが、実際には、どちらもどちらのスーパーセットにはなっておらず、食い違う部分がある(しかも、多々ある)ために、(日本のメーカーから見て)容易には国際規格に対応できないのです。これは長い長い歴史的な経緯に起因する、しかし単なる「違い」に過ぎないものであって、技術力の優劣によるものではありません。プレスリリースの一文は、技術的な背景に明るくない読者をミスリードしかねないものといえます。
※もちろん、注意深く読めば、最終的には「競争力」を云々しているのですが、「技術力に見あう競争力」というのは「明日から本気出す」のようなものです。客観的には、「競争力」になりえていない「技術力」は、存在していないも同然といわざるをえません。もちろん、休眠特許も特許には違いないように、ただちにもうからなくても企業にとって大事な知的財産であるのはいうまでもありません。逆に、氷山のように、水面に見えているのが「競争力」とすると、それを支える浮力を生じさせている水面下の部分が「技術力」で、「ただちに競争力にならない技術力」の蓄えが大きければ大きいほど、「競争力」もまた大きくなるという面があります。いわば、「技術力」の裏付け(浮力)があっての「競争力」だけが、本当の「競争力」であるということです。ただし、氷山がすべて水面に浮かび上がることが不可能であるのと同じように、「技術力」に対して得られる「競争力」は常にほんの一部で、どうやっても常に「見あわない」状態になるしかないのです。「技術力」が足りないのに「競争力」だけを求めれば、氷山が溶けてしまいます。行き場を失ったセイウチたち(およそ3万5000頭)がアラスカの海岸を埋め尽くす光景に、明日はわが身とゾッとされる方も多いことでしょう。
日本だけが「職人芸」的に、わが道を行くというのならそれまでですが、日本もあっての国際社会です。その一員でありたければ、いくら国内の技術と食い違うとしても国際規格を見下したりせず、必要条件(※)としての国際規格を最重要視しなければなりませんし、国際規格を超える技術力を自負するのであれば、当然の責務として、既存の規格の改良や新しい規格の策定にも深く関与していかなければなりません。
※http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20080822/168550/
基本的な理解として、「職人芸」と規格化は相反するものです。前者では高度に熟練した限られた職人だけが作ることができるのに対し、後者は一定の条件で誰でも(ロボットでも)同じものを作ることができるようにするものです。これは三菱というより政府の問題と思いますが、「わが国」の「優れた」要素技術には、単に職人芸的なものと、本当に先進的なものとが混在しており、両者を区別しないまま「日本の技術」として海外にアピールすることは、技術革新(イノベーション)についての見識に欠けるという印象すら与えてしまいかねず、逆効果でしょう。
※職人芸的な製品の弱みは、増産できないことです。仮に製品の質が高く評価され、海外から注文が殺到したとすると、それをさばききれず、結果的に評判を落としてしまいかねません。例えば、衛生管理能力を超える大量の仕出し弁当を受注し食中毒を発生させた業者の事件(※)とも共通する問題です。食中毒を鉄道事故と読み替えれば、その危うさが理解できるでしょう。
※http://www.pref.nagano.lg.jp/shokusei/happyou/ch140724.html
また、国際規格に準拠するということは、既に規格化された点については追試しないで済むということで、新しい技術の開発に専念できるというメリット、いわば「おいしい」部分があります。既に確立している国際規格をわが社としてもハンドリングできるようにする、という狭い意味での検証ばかりでなく、国際規格の改良につながり、かつ、国内での性能向上にもつながる、意欲的な実験を行なっていかなければ、国際的に見たときにも、国内で見たときにも、研究開発の能力や予算の無駄づかい、すなわち「おしい」(※)状況になってしまいます。
※http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20130215/1047519/?P=2
なお、国際的な標準化の仕組みおよびその効力(条約などによる強制力)については、下記にまとめられています。
・知的財産戦略本部 知的創造サイクル専門調査会「国際標準に関する基礎概念の整理」(2006/9/21)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/cycle/dai6/6sankou1.pdf
いまや、受注競争の結果に一喜一憂している暇はなく、標準化で有利になるかならないか、むしろ、有利にならなかったとしても受注を狙っていけるよう、競合の技術についても深く理解するという、いわゆる「複線型」の研究開発が重要になっています。負けても競争は終わらないのです。「おしい」部分を極力なくし、「おいしい」部分を最大化していく、ということですね。というわけで、ATACSを開発しつつ、CBTCも導入するという話(※)につながります。
※http://atos.neorail.jp/atos3/news/news_140522.html
日本の技術にこだわることは、産業の育成上は重要な政策ですが、その結果、国内の鉄道システムが高コストのままであったり、それゆえに中小の鉄道がシステムを更新できなくなって廃線に追い込まれてしまったりしては、最終的には利用客に負担や不便を強いることにつながります。政策的には、両極端に大きくふれることなく、ほどよい中間点でバランスがとられることが大切といえます。
|