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[2924],[2927]の続きです。
進路制御の管理の範囲([2927])と旅客案内装置の状況は別の話で、東神奈川の駅で見てわかる通り、1・4番線は京浜東北線のATOSに連動した自動旅客案内(電光掲示板および自動放送)になっていますが、2・3番線はATOSとは連動していません。
東神奈川の特殊な状況について理解するには、横浜線のほかの駅を参考にすることが役立ちます。
八王子では、3・4番線ホームに設置された「のりかえ案内」と表記のある電光掲示板で、横浜線の電車と八高線の列車が混在して表示されています。表示については、PRCの拠点駅(拝島など)や、ATOS導入直前の連動駅(津田沼、品川など)で見られる、発車時刻の「4」や「7」の数字に特徴のあるフォント(書体)になっています。このフォントが使われている電光掲示板では、列車の情報を手作業で駅の旅客案内装置に入力しているとみられます。(もちろん、FDやMO、DVDなどで送られてきた情報を装置に取り込むという意味であって、全列車分をキーボードで入力しているという意味ではありません。)
この、「PRCでATOS前夜なフォント」(と仮に呼びます)と、「ATOSなフォント」(と仮に呼びます)がある中で、横浜線の非連動駅では、いずれとも異なる「第3のフォント」(と仮に呼びます)が使われています。
開業時以来の旧型の電光掲示板が使われている八王子みなみ野、最新の低背型の電光掲示板が使われている大口の両方で、同じフォントが使われています。これは、利用客の目に触れるフロントエンドというべき電光掲示板の機種とは関係なく、電光掲示板の表示を制御するバックエンドの旅客案内装置が、同一の仕様であることを示しています。
なお、八王子みなみ野の電光掲示板のフォントが、開業当初から同じものであるかどうか(後述)は確認できていません。
同じ「第3のフォント」は、青梅線の非連動駅でも見られます。いずれも、近年、PRCの更新やATOSの導入とは直接関係しない時期に、旅客案内の拡充を目的として電光掲示板が整備された駅で、このために、何か簡易な方法(駅での入力が不要)で非連動駅にも電光掲示板を設置できる仕組みが用意されたものと思われます。(駅での入力が必要なままでは、そのためだけの扱い者を置く必要が出てしまい、非連動駅への電光掲示板の設置は進まなかったはずです。)
傍題ですが、八王子では、横浜線ホームや乗り換え通路にある24ドットタイプの電光掲示板は、横浜線のCTCに接続された旅客案内装置で制御されているとみられる一方、ほかのホームにある「のりかえ案内」の電光掲示板は旅客案内装置が別であるため、ここに表示するための横浜線の電車の情報は、横浜線ホームとは別口で取り込んでいるのではないかと思われます。
※ダイヤ混乱時に、「のりかえ案内」の電光掲示板だけは時刻通りの情報を淡々と表示し続け、結果として、実際の電車と異なる間違った情報を表示していたりしないでしょうか? あるいは、臨時列車が表示されないのではないでしょうか?
東神奈川の2・3番線の電光掲示板は、横浜線の非連動駅に設置された電光掲示板と同じフォントで表示されていることから、東神奈川の2・3番線用の旅客案内装置は、横浜線のほかの非連動駅と同じ方法で、橋本のCTCセンターと接続され、駅での入力なしに自動旅客案内を実現していると見られます。
また、このことから、非連動駅で電光掲示板を設置するための簡易な方法(と、仮に呼びます)が、早ければ東神奈川の電子連動化の時点(1985年3月)、遅くとも京浜東北線へのATOS導入(1998年7月)までに、実現していたものと考えられます。とすると、八王子みなみ野では開業当初から「第3のフォント」であった、むしろ、「簡易な方法」が実現していたからこそ、非連動駅であるにもかかわらず新駅開業に合わせて電光掲示板を設置することができた、といえます。
※このあたりの依存関係や実現の順序については、まだよくわかりません。かなり古い資料も探さないといけないでしょうね。
開業当時、ピカピカの新駅だから八王子みなみ野に電光掲示板が設置されるのはあたりまえ、と受け止められたかも知れませんが、そうではなく、実はかなりエポックメイキングなできごとだったのかもしれません。非連動駅にもあたりまえのように電光掲示板が設置されるというのは、ほとんどの線区ではATOS導入まで実現しなかったことです。
※ウィキペディアでみられる悩ましい表現として「駅舎改築にあわせて電光掲示板が設置された」というのがありますが、これも厳密には改築と電光掲示板に直接の関係はなく、むしろ上述の「簡易な方法(仮)」がなければ、いくら駅舎がピカピカになっても、電光掲示板は設置できないのです。
一方、相模原では、電光掲示板のフォントが「PRCやATOS前夜なフォント」(ここでのみ、こう呼びます)であることから、いわゆる「仮設ボックス」の設置も行なわれず、このままATOS連動の表示に切り替わる可能性があります。
※相模原で「仮設ボックス」が設置されないからといって、そのうち電光掲示板が置き換えられるとは限らない、ということにもなります。
ただし、確証はありません。本来、津田沼や品川でも配線の切り換えが必要だったものの、当時は「仮設ボックス」を使用する方法をとっていなかったため、一夜にして切り換えるたいへんな作業をしていた、また、そのため、使用開始が駅ごとにばらばらだった、ということかもしれません。
※利用客としては切り換えに際してのトラブルを避けてほしいところで、「仮設ボックス」方式での切り換えを期待するのは当然のことといえます。武蔵小金井での配線ミス(2003年9月)以降、従来にも増して慎重かつ綿密な切り換えの段取りが組まれるようになっているようです。「仮設ボックス」も、その一端といえます。
なお、横浜線では、1980年4月にCTCセンターが旧・原町田(※)から橋本へ移設されていますが、この時点では、町田−八王子間の複線化工事が完了していませんでした。このため、現在は構内にポイントのない相模原などの駅も、橋本のCTCの上ではいまでも連動駅であるとみられます。
※原町田の駅も移転し、現在の町田になっています。
※たかがフォントの違いといっても、根が深いのです。CTCやATOSは、鉄道そのものだと思えてきます。(道と車、お客さままでトータルで。)多くの人は、土木としての線路や建築としての駅舎をもって、鉄道のイメージとしているかと思いますが、それだけでは鉄道は動きません。
なお、「第3のフォント」というのは、この場での一時的な呼び方に過ぎず、ここで取り上げた3種類のフォントの間の順序や優劣などを表すものではありません。ただ、位置付けとしてはまさに「第3のビール」的な、コストを抑えて非連動駅に電光掲示板を設置する「簡易な方法(仮)」と対を成すもので、その意味ではまさに「第3のフォント」と呼ぶにふさわしい性格を持っているといえます。
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