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ツイッターやYouTubeで、橋本駅でATOS駅装置の使用が開始されたことを示す写真や動画の投稿がみられます。現地は見ていませんが、使用開始(※)されたようですね。
※ツイッターでは「ATOS仕様の放送と表示」なる表現もみられますが、駅装置としては紛れもなく「使用開始」でしょう。全駅で使用開始になる、指令が東京に移される、と、いろいろなレベル(段階)での「使用開始」がございます。相模原などの駅では、出発信号機や場内信号機を閉塞信号機に変えるといった工事(工事というんでしょうか)もあるはずです。運転に直結しますから、いつ、というのが難しいのではないか(信号機の標識を付けかえる準備はしておいて、座学としては研修もしておいて、変更は一度にパッと、そして変更後に習熟する等)と想像されます。(あくまで想像です。)
このサイトとしても、このフォーラムとしても、もとより社会通念上も、実施段階に入った運用等について部外者があれこれいうのはハバカラレルことです。
・「憚られる」
http://www.weblio.jp/content/%E6%86%9A%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B
> 何かに気を使って遠慮せざるを得ないこと、遠慮すること。憚る(はばかる)は遠慮すること、気を使って控えること。
憚るということは難しいもので、きちんと憚るためには、自分が憚っているということも、何に対して気を使っているかということも、公には口外できない(すれば、憚っていることにならない)のです。
指令については、東京については[2920]、橋本についてはこれまでの東神奈川[2927],[2928]に準じた状況になっていくとみられますから、改めて述べるまでもないということにいたします。橋本に当面(※)残る相模線の指令(の人)としては、相模線の運行管理を、ATOSの駅装置を部分的に併用して行なうということだとみられ、バイトでいえば(いえ、バイトに例えるのはたいへん語弊がありますが)レジの機械が明日から大幅に変わる(taspo対応など大幅に多機能化され、操作手順も変わる)ので急いで慣れてね☆、という、たいへんいっぱいいっぱいな状況とでもいいましょうか。
南武線で、電車区の入換も担う武蔵中原駅で先行して使用開始([2410])になったのと似たような状況ともいえます。武蔵中原駅については、ATOS導入前の状況について[3035],[3036],[3037]でも触れています。
※当面(東神奈川における併存の期間と同じくらい)、ということですよねぇ。
出発時機表示器については、[3001]のようなことも考えられましたが、結局はこれまで通り、多数の表示器が設置されることとなりました。マニュアルの改訂などを避けたとみられます。それでも、「次世代型ATOS」([2954])としては、やはり出発時機表示器に頼らない方向に進むとみられます。いつ、どこの線区から実現していけるのか、注目されます。
※保安装置なども含めたライフサイクル的に、やはり埼京線([3019])や京葉線から始まるんでしょうか。中央線(快速)と青梅線・五日市線でもできるんでしょうか。ひいては異常時の折り返し区間の設定(直通運転の中止)など、利用者の利便性にも大きな影響があることですから、気になります。
駅での自動アナウンスについては、[2942]のような心配もしてみましたが、[3033]ということになりました。広い意味では、東日本大震災の影響で上野東京ラインの開業(東北縦貫線の工事)が1年遅れになった(した、というほうが正確でしょうか)ため、自動アナウンスの機械に組み込む音声の収録(※)のスケジュールも1年、まるまるお休みにして延期にした、といったところかと思います。
※技術的([3034])には、つくづく残念でございます。
電光掲示板(LED発車標)については、「発車標仮設BOX」(ガチャコン[2358])の耐久性が心配されます。この措置は埼京線での切替時から始まったものですが、名前の通り、長くて数か月程度で使用を終えるものとして、部材が選定されているとみられます。あまりに長く使う(切り替えが遅くなる)と、列車の振動で端子等の緩みが出るとか、密閉が完全でなければ湿気で端子がさびる等、いろいろな劣化が心配されます。ミスやトラブルを減らすためにとった措置が、逆にトラブルの原因になってしまっては本末転倒です。
16ドットタイプのLED発車標については、これまで採用されていたフォントがたいへんみやすいものであったため、手放しでほめてきた面があったのですが、上野東京ラインに関連して上野などで設置されたもの以降、橋本を含めまして、「なんだこれは」と思うような状況になっています。
16ドットで明朝体(セリフ=ウロコがある書体)にするとは、表現力の上で無理があります。また、明朝体が読みやすいというのは、あくまで紙の上で、どちらかといえば縦書きで、さらに長い文章を読む場合の話です。たいていの場合、また、短く少ない量の情報を読み取る場合、ゴシック体(サンセリフ=ウロコがない書体)のほうがすぐれます(といわれますし、実感もされます)。
24ドットや、液晶画面を使用した発車標などとシステム上、区別なく対応するということなのかもしれませんが、16ドットには16ドットに適したフォントというものがあるでしょう。それをいま、あえてショボショボの明朝体に変えることに、どれだけ意味があるでしょうか。部材を台湾などから買い付けると、こういう日本語書体(漢字の書体に、適当なかな書体をくっつけたような)しか入ってこない、といった事情でもあるのでしょうか。そもそも、これまでみやすかったのも、意図してフォントを選んだのでなく装置の都合でそうなっただけで、フォントのよしあしに関する知見は開発部門では(今も昔も)いっさい持っていない、ということだったのでしょうか。
※いわば、フォントに関して「白い箱」([3041])状態にあるのかもしれない、と心配されます。本当でしょうか。
ほかに、繰り返しになりますが「東神奈川到着番線」を表示したらお客さまがヨロコブなどとは夢にも考えてはいけません([2921])。ヨロコブが実はたいして困っていないお客さま(例えば階段を駆け上がれる)よりも、本当に困るお客さま(不慣れで、情報が増えれば増えるほど誤解や混乱しやすくなる)にこそ手厚く対応していかなければ、ユニバーサルデザイン([2818])は実現していけません。
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