・手戻りなくホームドア設置へ ・「無線式列車制御システム」とは ・「列車走行の周辺の機能(踏切制御機能)」とは ・他線区との関係は ・【常磐緩行線】「CBTCの導入を断念」交通新聞が報じる ・表 ATACSとその周辺(独自に作成)
(約8000字)
池袋−大宮間の埼京線で、11月中にも新しい保安装置「ATACS」の使用が開始されるということです。3日、JR東日本が発表しました。
・JR東日本「埼京線への無線式列車制御システム(ATACS)の使用開始について」(2017年10月3日)
http://www.jreast.co.jp/press/2017/20171004.pdf
※「埼京線への無線式列車制御システム(ATACS)の使用開始について」は原文ママ。
> ATACS(アタックス)
ATACSは「アタックス」と読むことがわかります。
11月の段階では、ATACSのうち「列車走行に必要な機能(列車間隔制御機能等)」のみが使用開始され、従来のATCを「無線式ATC」(JR西日本)に相当する状態に更新することになります。
地上設備の工事が2013年度下期から2017年度上期まで4年かけて行われ、車両の改造が2015年度から1年半にわたって行われていたことが説明されています。11月3日の終電後、この地上設備を従来のATCからATACSに切り換える作業が行われます。
埼京線では、2019年度の使用開始に向け、▼「列車走行の周辺の機能(踏切制御機能)」の工事と試験が予定されているということです。「列車制御システム」としてのATACS(事実上のCBTC)では、このほかに、▼従来の連動装置の代わりとなる機能(「在線管理装置」)や、▼PRCやATOSに代わって進路制御や出発指示などを行なう機能(名称不明)の開発が続けられるとみられます。
○手戻りなくホームドア設置へ
埼京線ではこれまで、ホームドア(可動式ホーム柵)の設置時期が発表されていませんでした。ATCからATACSへの切り換えより先にホームドアを設置してしまうと、ATACSへの切り換えに際し、改めてホームドアと保安装置の連係を確かめる工程が必要になるなど、「手戻り」(二度手間)になるのです。
埼京線でのATACSの使用開始を受け、少なくとも非連動駅(構内にポイントのない駅)ではホームドアの設置が手戻りなく可能になったとみられます。
さいたま市内では、既にさいたま新都心駅でホームドアが設置され、南浦和駅での設置時期も決定されています。また、東京都北区では赤羽駅でホームドアが設置されています。(※いずれも京浜東北線。)
ホームドアの設置は自治体ごとに進められてきていますので、埼京線でも、まずはさいたま市内(中浦和、与野本町、北与野)と北区(赤羽、北赤羽、浮間船渡)での整備から着手されるとみこまれます。
※詳しくは[3104]を参照ください。連動駅(構内にポイントのある駅:埼京線の赤羽、戸田公園、武蔵浦和、南与野)でも、列車の進行方向が一定である線路については、ホームドアを速やかに設置することができるのではないかともみられます。
○「無線式列車制御システム」とは
ATACSは、単にATCやATSを置き換えるだけの保安装置ではなく、「列車制御システム」と呼ばれています。これにはどのような意味があるのでしょうか。
・(再掲)鉄道総合技術研究所(鉄道総研)「21世紀の情報技術」(2001年)
http://bunken.rtri.or.jp/PDF/cdroms1/0009/2001/20000901010501.pdf
> 図3 バリス式列車検知装置「COMBAT」
> 図4 無線を利用した列車制御方式「CARAT」
> 図5 列車を先導する「ティンカーベル」
ATACSに(ほぼ直接)つながる研究開発は、このあたりから始まっているとわかります。
・(再掲)国土交通省鉄道局「青函共用走行の検討状況について」(2012年2月1日)
http://www.mlit.go.jp/common/000190085.pdf
> (参考)海外における高速鉄道と貨物列車のすれ違いの事例
> すれ違い時に新幹線が減速
> システム上で対向列車を確認して減速
> 主な課題
> ・列車制御システムの技術開発
青函トンネル内で新幹線の列車と貨物列車がすれ違うときに新幹線の列車を自動で、すれ違い地点までに所定の速度まで減速させるという動的な速度制御を実現するとしています。
・(再掲)JR東日本「無線を用いた新しい列車制御システム ATACSの安全確保の考え方について」(2012年11月)
https://www.ntsel.go.jp/forum/2012files/1107_1350.pdf
> ATACSでは軌道回路を使用しない(脱軌道回路)
> 約140年ぶりのモデルチェンジ
> 在線管理装置
> システム管理装置
> JIS C 0508-3に準拠して開発
> ソフトウェア主体のシステムであるため、工場内で多くの試験が実施できるのが特徴
駅構内や車両基地内からも軌道回路を排するため、これまでの「(継電式または電子式の)連動装置」に代わる装置としてATACS(の「在線管理装置」)が開発されていることがわかります。
※詳しくは[3254],[3378]を参照ください。
○「列車走行の周辺の機能(踏切制御機能)」とは
JR東日本の発表では、「列車走行の周辺の機能(踏切制御機能)」は、2019年度以降の使用開始に向け、ATACSの使用開始後に工事と試験を行なう予定とされています。この間、踏切は従来と同じ方法で制御されるものとみられます。
私鉄では、ATCや新形ATS(JR東日本でいうATS-P)と連動し、列車の種別を判別して踏切を閉めるタイミングを変える「スマート踏切(賢い踏切)」の導入が進められています。
埼京線の池袋−赤羽間は「赤羽線」と呼ばれる線路で、板橋駅、十条駅の前後に踏切があることで知られます。これらの踏切では、これまで「スマート踏切」は導入されていないとみられ、このため、この区間を通る列車はすべて両駅に停車しなければならないという制約が生じていたとみられます。
「列車走行の周辺の機能(踏切制御機能)」は、いわばATACS(無線式ATC)を活用した「スマート踏切」です。これにより、「赤羽線」の駅を通過する列車の設定も可能になるとみられます。板橋、十条の両駅を通過することによる所要時間短縮と増発が期待されるだけでなく、この2駅で乗降する場合では、各駅停車のみの停車となることで混雑が緩和されると期待されます。
・Google ストリートビュー 都道455号線「十条道踏切」
https://goo.gl/maps/NGhhgFEetED2
https://goo.gl/maps/yj91GJTQFd22
https://goo.gl/maps/NBmZf4iBn6y
かつて手動で踏切を開閉していた「踏切警手」の詰所が、自動化されてもそのまま使われているようすが確認できます。現在も、安全確認のための要員が配置されているということです。
・「十条道踏切の踏切警手」(2015年4月22日)
http://cdn.tetsumaru.jp/photo/0tz/000/000/006/870/p6870c.jpg
https://tetsumaru.jp/user/tanchicke/photo/6870/
・北区「JR埼京線(十条駅付近)連続立体交差化計画および関連する道路計画について」(2016年10月28日)
https://www.city.kita.tokyo.jp/jujomachi/jutaku/toshikekaku/rennritsu/rennritsu_jujo.html
「十条道踏切」を含む十条駅の前後の6ヶ所の踏切は、この事業によって解消されますが、線形上やむをえず地平を走らざるを得ない板橋駅付近では当面、踏切が残ることになります。
・Google ストリートビュー 「仲仙道踏切」「音無くぬぎ緑地」
https://goo.gl/maps/DAYBwXvVTvG2
https://goo.gl/maps/tV8vz6m3hx72
・板橋区「JR板橋駅改良計画について」(2014年10月7日)
http://www.city.itabashi.tokyo.jp/c_kurashi/064/attached/attach_64592_7.pdf
・板橋区「東武東上線の立体化と踏切について」(2016年6月17日)
http://www.city.itabashi.tokyo.jp/c_kurashi/077/attached/attach_77524_5.pdf
・東京都都市整備局「踏切対策基本方針」(2004年6月)
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/seisaku/fumikiri/taisaku_gaiyou.pdf
JR板橋駅と東武北池袋駅の周辺は「鉄道立体化以外の対策の検討対象区間」と位置付けられていることがわかります。
「列車走行の周辺の機能(踏切制御機能)」は、埼京線では利点がわかりにくい機能ですが、今後、特急列車や貨物列車が走る高崎線や宇都宮線、東海道線などにATACSが導入されていく中では、たいへん重要な機能であるといえます。
なお、ATCが導入され速度の異なる列車が運転される線区の踏切としては、東横線などが挙げられますが、東横線でATCが導入されたのは(赤羽線と比べれば)最近のことです。山手線の踏切という例外もありますが、(旧国鉄では)ATCと踏切の共存は積極的には考えられてこなかったことから、赤羽線の十条道踏切では踏切警手の配置を続けるという“妙手”が講じられてきたということのようです。
・Google ストリートビュー 東急東横線「妙蓮寺1号踏切」
https://goo.gl/maps/cWezLRyY1fC2
・同 「山手線の踏切」(下は東北貨物線)
https://goo.gl/maps/Agih54r3FGC2
○他線区との関係は
ATACSや「無線式ATC」(JR西日本)は、電車の乗客が多い都心部だけで使われる「割高な」システムなのでしょうか。
▼青函トンネル内での新幹線と貨物列車のすれ違いという差し迫った必要から、▼全国での貨物列車の直通運行を通じて、▼ほぼ全国で同等のシステムに刷新されていくと予想されます。全国で「フルスペック」のシステムが導入されるとは限りませんが、基本的には共通のシステムに揃えられていくことが予想できます。
・ウィキペディア「大阪環状線」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E7%92%B0%E7%8A%B6%E7%B7%9A#.E8.B2.A8.E7.89.A9.E5.88.97.E8.BB.8A
例えば大阪環状線でも、▼貨物列車が走る区間があること、▼空港アクセス列車や新快速の増発と大阪環状線の各駅停車との両立を図るためなどの目的から、「無線式ATC」としてATACSと同様のシステムが導入されていくことも十分に考えられます。
※JR西日本では、嵯峨野線で「無線式ATC」の実地試験が行われています。詳しくは[3117]を参照ください。
ATACSや「無線式ATC」では、高頻度な運転を前提として、列車の位置検出の精度を高めるための地上子を多数配置するなどの工夫がなされていますが、その必要がない線区では、位置の検出にGPSを活用することが想定されます。
JR東日本は「GPS列警(列車接近警報装置)」を地方交通線などの25線区で導入するとしています。
・(再掲)JR East Technical Review「軌道回路のない区間の列車接近警報装置の開発」(2014年)
http://www.jreast.co.jp/development/tech/pdf_49/tech-49-53-56.pdf
・(再掲)JR東日本「地方交通線を主な対象とした列車接近警報装置の開発導入について」(2015年9月2日)
http://www.jreast.co.jp/press/2015/20150902.pdf
・(再掲)railf.jp「E127系V12編成が長野総合車両センターから出場」(2017年8月9日)
http://railf.jp/news/2017/08/09/000000.html
> ATS-P形が追加設置されました.
この車両が運用される越後線、弥彦線、大糸線では「GPS列警」の導入が予定されており、車両側の対応として「ATS-P」の車上装置が設置されたとわかります。当面は「ATS-P」および「GPS列警」という呼びかたや位置付けで、これらが別々に使用されていくとしても、事実上「無線式ATS」と呼べそうな状態になるといえます。
■表 ATACSとその周辺(独自に作成)これまであった主な課題 | ATACSなど新世代の技術における対応 | | | 青函トンネル内でのすれ違い | ・新幹線「DS-ATC」との連携や統合 ・JR貨物の機関車への搭載 | 貨物列車が通る線区で 旅客列車を頻発運転できない | 閉そく長の最適化 (全国の幹線や武蔵野線など) | デジタルATCのコストダウン | ・山手線など ・コスト面からATCが導入されていなかった線区での増発 (大阪環状線や中央線・京葉線など) | 軌道回路の廃止による高信頼化 | 長期的にはほぼ全国で切り換えか | 地上信号の廃止によるコストダウン | ・車上信号式ATCとしての導入(電車特定区間など) ・GPSの活用(地方交通線など) | 特殊な運転の解消 | ・松戸駅(入換運転) | 特殊な制御の解消 | ・黒磯駅(直流と交流を駅構内で切り換え) ・根岸線(「ATCバックアップ」) |
・Google ストリートビュー 弥彦線「農協踏切」
https://goo.gl/maps/GfJNxS8zbR12
この踏切に「非常ボタン」(※付近の信号を「赤」にするもの)は設置できなかったとみられますが、「GPS列警」で使われる通信回線を共用する「踏切制御機能」が実装されれば、この踏切にも「非常ボタン」の設置が可能になるとみられます。
※「GPS列警」については[3110]を参照ください。なお、八高線など軌道回路のない線区の踏切では現在、発煙筒に相当する特殊信号発光機を動作させる「非常ボタン」が設置されています。このボタンではあくまで発煙筒を焚くのと同じことしかできず、自動的に列車を停止させる機能はないということに注意が必要です。
※(11月4日に追記)近鉄版「GPS列警」といえる「運転士支援システム」を用いた「シカ踏切」については[3562]を参照。
・(再掲)東芝レビュー「鉄道輸送の最近のニーズに応える輸送計画・管理システム」(2006年9月)
https://www.toshiba.co.jp/tech/review/2006/09/61_09pdf/a07.pdf
> 3.1 Y現示による運転曲線再作成機能
> 最近の特徴的なシステム化のニーズとして,運転曲線再作成に関するものがある。Y現示(黄色の信号)による運転曲線再作成機能は,ラッシュ時間帯の輸送量をもっと増やしたいとの要望を受けて,それを実現すべく,列車の運転時隔を短くする方法として考案した機能である。時隔を策定するための2 列車の運転曲線において,運転間隔を詰めた場合,続行列車が受ける信号現示が青から黄に変わる可能性がある。その場合,続行列車が走る運転曲線が変わることになる。
※詳しくは[3545]を参照ください。
従来の軌道回路とリレーによる「自動閉そく」では、特定の信号機だけを(先行列車の在線にかかわらず)「Y現示」にすることはできませんでしたが、ATACSなどの新しい装置では、これまでになく柔軟な速度制御が可能になるとみられます。「すれ違い時の減速」も、その一例といえます。
○【常磐緩行線】「CBTCの導入を断念」交通新聞が報じる
(5日に追記)
交通新聞は5日、常磐緩行線へのCBTCの導入をJR東日本が断念したと報じました。
・(参考)「丸ノ内線に無線式列車制御システム(CBTCシステム)を導入します」日本地下鉄協会報(2016年2月)
http://www.jametro.or.jp/upload/subway/oJvuHLoxRbie.pdf
> この度、社内での安全性及び機能の検証を終え良好な結果が得られたことから、2022年度末の稼働を目指し、日本の地下鉄では初めてとなる無線式列車制御システム(CBTCシステム)を丸ノ内線に導入いたします。
> 東京メトロでは今回の機能仕様を公開し、都市鉄道における安全性・安定性向上に貢献してまいります。
※松戸車両センターほかの状況については[3381],[3444]を参照ください。
(11日に追記)
日刊工業新聞は11日、今回の「断念」の背景を詳報しました。
・日刊工業新聞「次世代の列車制御、JR東日本が海外方式の導入を断念」(2017年10月11日)
https://newswitch.jp/p/10679
> JR東日本は2020年の導入を目指してタレスと設計作業を進めていたが、技術課題と費用の面から実現困難と判断した。既存の運行管理システム「ATOS(アトス)」との整合性や鉄道無線で使う周波数の違いなどを克服するには設備投資がかさみ、費用対効果が見込めなかった。
ATOSは「アトス」と読むことがわかります。
※CBTC(ATACSを含む)とATOSの関係については、西千葉と東小金井を例に[2945]で説明を試みています。
> JR東は運行管理にATOSを使い続ける方針。列車制御のみを従来の地上信号方式から、地上と車両との間に無線を使うATACSに更新していく。
なお、在来線(貨物列車)と共用する北海道新幹線の「SAINT」が(「すれ違い時に減速」の機能を含めて)完成しないうちに、在来線だけで「日本版CBTC」の規格が策定される(=民鉄も「無線式ATC」を導入できるようになる=)ことは(手続きの順序として)ありえないと思われましょう。このような中途の段階にありながら早くもATACSが使用される埼京線で「導入」と表現されず「使用開始」とのみ表現されている理由が改めてわかってきそうです。
・(参考)JR East Technical Review「輸送管理、信号・列車制御システムの発展および課題について」(2011年)
https://www.jreast.co.jp/development/tech/pdf_36/Tech-36-07-10.pdf
https://www.jreast.co.jp/development/tech/contents36.html
> DS-ATCではさらに連動装置とATC装置を一体化(SAINT)
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