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・「情態副詞」「程度副詞」「陳述副詞」で「DSM-III」(1986年6月)を読み解く(仮)
(約9000字)
[3891]の掲載後に追記した内容のうち、周辺的な話題についてはこちらに分けてまとめるものです。
☆「情態副詞」「程度副詞」「陳述副詞」で「DSM-III」(1986年6月)を読み解く(仮)
・[3891]
> どんな内容でもあなたの力作であるに違いないからそこには文句がない。たのしいどうがをアリガトウ。(棒読み)だからといって不満がないわけではない。
そもそも動画のアップのために入力されるテキストの文字数が極端に少ない(*)し、じぶんの言葉で書かれたと認められる文字列が皆無なんです。目の前に書いてある文字列(ゲームソフトのタイトルやYouTubeでありがちな動画のタイトルや説明)を見よう見まねで書き写したレヴェルと断じます。
*タイトルは極端に長く、説明文は極端に短いのが特徴だ。(キリッ
・固有名詞と数字と英字しかない
・日本語が書いてあるとは認められない
・唯一の日本語は「を攻略」という3文字だけれど…(てんてんてん)
・固有名詞を除くと、ひらがなは「を」の1文字しかない(テキスト全体の中で本当に1文字しかない)
・主語も形容詞もない(ましてや副詞をや)
うーん。「人それぞれ」というマジックワードで片づけるには重大すぎると思われませんか。なるほどこの話題には公共性がある。そのひと個人がどうのこうのというのでなく、もっと多くの人にあてはまる可能性があるから話題にする。じぶんのこととしてとらえるきっかけにしようじゃないか。(※恐縮ですが見解です。)
https://kotobank.jp/word/%E5%89%AF%E8%A9%9E-123983
> 「もっと東」「すこしゆっくり」
> 「もっと東」「すこしゆっくり」
…もっと東のほうですこしはゆっくりしてってよねっ。(違)
> おもに動詞,形容詞,副詞を修飾して,それらの意味に様態や程度などのうえでの制限を加える働きをもつ。
副詞・オン・副詞!!(どやぁ
https://tabelog.com/imgview/original?id=r2478166801828
…そっちはカレー・オン・カレーですよぅ!(※とってもいけないものを見る目つきで!)
> 国文法では一般に意味のうえから,「はっきり」「わざと」のように様子を表わす情態副詞,「ますます」「やや」のように程度を表わす程度副詞,「もしも」「全然」のように特定の語法を支配し陳述にかかわる陳述副詞に3分されることが多い。
https://askul.c.yimg.jp/img/product/3L1/J847154_3L1.jpg
ウゲゲ。シチュー・オン・ライスのカレークリームソースを常識的に考えて完全なカレーにする方法はありますか。…ないよ!!
https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2345_13811.html
> 英語やドイツ語とだんだんに教わるうちに、しばしば日本語とよく似た音をもった同義の語に出会う事がある。これは偶然であろうとは思っても、そのことごとくが偶然の暗合であるという事を証明する事もかなりにむつかしそうに思われた。
…からの「常識的に考えて」であります。本日は「ニコニコ大百科」からの推薦に従いまして「寺田寅彦」であります。
> 自分のまだ学生時代に、ある学者が、日本の神話の舞台をギリシア近辺へ持って行こうとする大胆な説を公にして問題になった事がある。自分は直接にその所説の全部を読んだわけではなかったが、その説の一部をどこかで瞥見して、いろいろその所説に対する疑いを起こした事もあった。しかし単に説の奇矯であり、常識的に考えてありそうもないというだけの理由から、この説を初めから問題ともしないでいたずらに嘲笑の的にしようとする人のみ多い事にも疑いをいだかないわけには行かなかった。少なくも東欧の一部と極東日本との間に万一存在したかもしれないなんらかの古い関係の可能性という事までも、なんの考察もなしに否定せんとする人のあまりに多いのに驚いた。もちろん当時これに関する言語学者間の意見がいかなるものであったか自分は知らない。ここで自分のいうのは、言語学者でない一般有識階級と称するものについてである。とにかくギリシア古代と日本古代との間になんらの交渉もなかったという事を科学的に証明する事をはたしてだれがあえてしうるであろうと疑ったこともある。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjbm/20/2/20_1408/_html/-char/ja
http://www.jahbs.info/journal/pdf/vol02/vol02_19.pdf
> 臨床の窓からみると,日本人の行動や日本社会にみられる現象にはきわめて強迫的傾向が反映しているのがわかる.アメリカとの貿易摩擦を生じさせているような日本の通商行動や産業行動は,日本人の強迫的性格行動のなせる業とも考えることができる.まさに日本全体が強迫的である.
1986年6月「都立駒込病院」河野医長の見解でした。たばことアルコールとギャンブルで発達が止まる上に退行するのではありませんか。酒を毎晩飲み、たばこを起きている間ずっと吸い続けたらどうなりますか。貿易摩擦がどうのという時代までに貿易摩擦を起こしうる立場(要職)に就いた人の喫煙率はどのくらいですか。ほぼ100%だったりしませんか。…お茶で消火しないでくださいッ!!(※個人の感想です。)
それは大人の場合であるけれど、子どもの場合は未発達であるがゆえにそういう言動になるという見かたをしませんか。なるほど(マイナス側として)たばこもアルコールもギャンブルもしなくても、(プラス側として)発達を促す要因が欠ければ未発達なまま(ゼロな)大人になってしまう。本当でしょうか。
・[3725]
> > 旅行貯金にのめり込む内、旅行貯金自体を目的とした旅行を行うようになる
> > 山奥の局へ100円貯金しに行くのにタクシー往復で3000円使った、との笑い話がある
> それは病的だといって疑わないといけない。笑い話じゃないよ、うん。(※見解です。)
> > DSMにて定義されたのは2013年の第5版からである。
> > 有病率は成人で2-5%ほどと推定される。
> > 収集行為が、臨床的に重大な苦痛と社会的・職業的その他重要な分野での機能に支障を来すまでになる。
> > 収集行為によって、別の精神疾患を引き起こすことがある。
> > ビブリオマニアは、従来の書籍収集家よりも、収集的価値や本質的価値のない本を収集することが特徴である。同じ本を版数ごとに複数収集し、利用や娯楽に供すことができる範囲を超えて収集するのが、彼らに多く見られる症状である。
> そういう症状が明らかなひとを「すごーい!」みたいに持ち上げてはいけないとする時代がもうすぐきます。
「DSM」が出てきました。このフォーラム、「DSM」が出てくるフォーラムになってました。ぜんぜん専門ではなくて、資料を探すと出てくるということですので、あしからず。いかなる相談も受けかねます。
・「退行」とは
https://kotobank.jp/word/%E9%80%80%E8%A1%8C-91084
> 心理学で、困難な状況に遭遇したとき、精神発達上より未熟で幼稚な段階の行動を示すこと。
> 個体および集団が原型的な形に立戻る傾向
うーん。再び上掲のPDFより、1986年6月の時点で引用された「DSM-III」を見ます。
> 強迫行為:反復的かつ一見目的があるような行動で,一定の規則に従うか,常同的な形でなされるもの.その行動はそれ自体で終結するものでなく,何か未来の事件や状況をつくり出したり防止したりするために企てられる.しかしその行動は,つくり出したり防止しようと企てるものとは現実的な関連をもたず,また明らかに行き過ぎのこともある.その行為は主観的な強迫の感覚を伴ってなされ,その強迫に抵抗しようとする欲求がそれに伴っている(少なくとも最初のうちは).患者は一般的にはその行動の無意味さを自覚しており(子供においてはそうでないこともある),その行為を成し遂げることによって緊張からの解放はあるものの,歓びを得ることはない.
…うーん! すごく本件ゲームみたいなことを言っていませんか。
> フリードマンらのタイプA行動性格(表3)
> 攻撃性を評価するための質問表を翻訳して日本人に適用しても,正しく攻撃性が評価できないという.
> 攻撃性を表出する欧米人に比べて,日本人の場合,攻撃性は抑圧され,内向する傾向にある.
> その背景には過剰適応という構えがあるようである。
※「〜という構えがある」:二重構造になっている、の意。ボスだと思ったら中ボスで、奥に大ボスがいた、というイメージを持つかもしれないが、そういう固定的な上位・下位の関係は明確でなく、あえていえば四方にボスがいて、順不同だけれど四方のボスぜんぶと対峙しないと先に進めないよ、の意。
さっすが1986年6月の日本語である。ちょっとした古文である。(違)
> シフネオスらの失感情症
> 偏頭痛性格
…という疾患のリスク要因として卓越する性格はそれですよという長ったらしいニュアンスを「偏頭痛性格」と書いてしまう日本語の貧弱さよ。わかればいいという専門家だけのコミュニティのせまさよ。(※詠嘆)いえいえいえ、専門家と専門家が語り合うシンポジウムの内容をわたしたちが読むんですからしかたがない。(※しつれいしました。)
> 後ろ指
(1986年6月の)せんせーなういー!!(棒読み)なんだかとっても「後ろ指」は変な流行語の類であることよ。本当でしょうか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%97%E3%82%8D%E3%82%86%E3%81%B3%E3%81%95%E3%81%95%E3%82%8C%E7%B5%84
> 1985年9月30日
> 1987年4月5日(略)解散
うわぁ…(てんてんてん)。1986年6月である。やんぐの気を引くのにきゅうきゅうしておられるせんせーであることよ。(※医長のほかに非常勤講師も、とのこと。)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E7%AB%8B%E9%A7%92%E8%BE%BC%E7%97%85%E9%99%A2
> 明治初期のコレラの大流行に伴い1879年に設置された駒込避病院をルーツに持ち、駒込ピペットを開発するなどの伝統のある病院でもある。
> 14階建て、高さ61.2m。
そういうことなんですかね。なんか違うんじゃないんですかね。何に着目すれば「都立駒込病院」を紹介したことになるのかということがね。名前に反して国立ちっくだとか、ありませんか。それはやっぱり駒込だからねぇ。
http://tkobays.blogspot.com/2017/08/blog-post_11.html
> 1986年5月、新入社員が私の同級生・山本一夫氏の下で卒研をしたというので、当時この敷地内にあった都立臨床研にいた彼を訪ねた。優秀な彼はその後、母校の教授となった。
ぬふっ。(※恐縮です。)
> 明治40年の地図を見る通り、一般には避病院と言っていたようである。
> 明治34年、それまで院長は東大から派遣されていたが、組織変更され有給院長をおくことになる。この年、駒込ピペットで有名になる二木謙三が赴任する。
http://www.cick.jp/referral/history.html
> 明治12年 (1879年) 9月
> 内務省の命により駒込避病院設立
そのページを参照したとき最大の着目点は「内務省の命により」ですよね、の意。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%9B%E7%94%9F%E5%B1%80
(ウィキペディアを編集しようという志ある若い人が)「内務省」そのものを調べていくより、こういう簡潔な対照表を見るほうが理解が早い。大量のケガ人を早く治せという軍の病院と、公衆衛生を担う病院は別の系統である。
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/special/flu2007/pickup/200802/505552.html
> 「うつる病気」であることが広まるにつれ、人々の行動が変化していった。
> 「2回目は1回目より、もっと凶悪なばい菌が襲ってくると言われていた。1回目は助かったが、もうだめだと思った」。
> 実際は、1回目に感染した人々は免疫を獲得していたこともあり、症状は軽くてすんだはず。だが、当時は原因がインフルエンザウイルスであったことも、ましてや免疫の仕組みも不明だった。三郎少年の恐怖は相当なものだったろうと推測する。
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-006.html
> 自分の感情(情動)への気づきや、その感情の言語化の障害、また内省の乏しさといった点に特徴があると言われています。心身症の発症の仕組みの説明に用いられる概念ですが、近年は衝動性や共感能力の欠如など、ストレス対処や対人関係を巡る問題との関連が研究されています。
> 自分の感情の微妙な変化に気づき言葉に出来ることは、彩り豊かな精神生活を送りスムーズな対人関係を築くことにもつながっていると言うわけです。
これをインターネットで引けるのだからWi-Fi(ルーター)が壊れたら一刻も早くなおさないと!(※白目)
> 「自分の感情を表現する言葉を見つけるのが難しい」ということでした。そこから感情を言い表す言葉が欠けていること=失感情(言語化)症という概念が出てきたのです。
> 心身症というからだの病気
野生のタケネズミやアナグマの類…じゃなくて、外来の細菌やウイルスに感染したから発症するとかケガしたとかいうのでない、からだの病気の総称です。からだのはたらきを保つバランスが崩れて、いろいろな症状が出ることを指します。何か1つの病気でこの薬さえ飲めば! …というようなことではありません。もちろん個々の症状に効く(和らげたり一時的に抑え込んだりする)薬がないということではありません。な・・・なんだってー!!(※こういう日本語を書けないし読めない人が多いと疑われるのできわめて慎重にならざるを得ない、の意。)
> 私たちは自分が「腹が立っている」とか「とっても怖い思いをした」とその感情に気づき、それを言葉で表現をすることを普段何気なく行っていますが、心身症の患者さんたちはどうもそうしたことが上手ではないのではないかというのです。
性格がいけないというのでなく、さまざまな病気やトラブルのもとになるから用心したまへ、とおっしゃっておられることを正確に読み取らないといけないけれど、それを読み取れなかった者が身近にいれば代わりに読み取って教えてあげようじゃないか、の意。いえ、正確に申せば副詞を勉強せよということで、これは勉強によって獲得することではなかったのかという疑いの目を向けることを留保するものであります。▼情態副詞、▼程度副詞、それに▼陳述副詞については上掲の通りでありますからして(大巾に中略)であります。これらの3分類を習得しやすい順に並べれば▼(短い文章というかセリフまるごと暗記して使うときに含まれてくる)陳述副詞、▼客観的に見える「程度」というものを、しかし自分なりに判断してから言う程度副詞、そこからうんと離れて▼最初からは言語的ではなく客観的にもわかりにくい「様子」を表現する情態副詞ではありませんか。
※「うんと離れて」:順に並べただけだから距離はないんだが…(てんてんてん)。
他人の「様子」を情態副詞を使って述べるのが難しいとしても、じぶんのことなら言える。もしも言えない(言おうという発想がない・出てこない)なら、それはじぶんでじぶんの「様子」を気にすることがない(気にしていない)ということであろう。この種の言語化(言語を用いた表出)の困難さが情態副詞だけでなく程度副詞にもおよぶなら、「いわゆる手加減」ができずにけんかするようなとでも申しましょうか、なんでも最大と最小の2つの値しか取らないような両極端や裏返しの認識しかできない(「グレー」を扱えず「白」と「黒」しかない)ということになってきて、なるほど「完全主義的で細事に拘泥」「決断力に乏しい」ということになろうかと、たぶんこういうわけです。言葉こそが先にあるんですよ。言葉を獲得することなしに発達などありえない。本当でしょうか。あるものごとの「程度」をよく判断することができないから「決断」できないのだし、そこであわてるから「決断」の材料を探そうとして、ほかのものごとのあらゆる最大や最小ばかりを集めようとする態度になりませんか。どうして最初に程度副詞を用いて「程度」を述べることができなかったものごとについて、「程度」を述べることができるようになるようにしないで、別のものごとを見ればいいと考えてしまうんですか。ここなんですよね。
※「グレー」:実際にはさらに「色が不明」とか「未定義である」というような『対偶!』をも考えないといけないけれど、の意。「わからない」「決まらない」ということを状態の1つとしてとらえるとらえかた(…『とらえるとらえかた』!!)ができるようになるとオトナになったなーみたいな気分がしませんか。しますよね。
https://sugiura-kokoro.com/treat/syoujyou30.html
> これは病名ではなく、病態名です。つまり、ストレスが蓄積されたために身体に疾患(病態)が現れた状態を言います。
なかなか日本語はむずかしい。むずかしいとわかることこそがむずかしいので、むずかしいとも気づかずに曲解する。そこがむずかしいことよ。(※恐縮です。)
・[3826]
> > 「英和辞典に書かれている日本語の意味が分からない」
> > 「英和辞典に書かれている日本語の意味が分からない」
・NHK(1月31日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200131/k10012266791000.html
> メルボルン日本総領事館 ****総領事
> 「オーストラリアがなぜ人気かというと、ビザ申請がオンラインで簡単にでき、しかも数時間後にはビザが発給されるという事情があります。航空券の手配からオーストラリアでの住居の賃貸契約まで、全部インターネットで1人でできてしまう。便利な一方でワーキング・ホリデーの経験者などいろいろな人から話を聞いて注意を受ける機会が失われていることが問題点の1つとしてあると思います」
> 声を上げて行動を起こせば状況が改善するかもしれないのに、なかなか動こうとしない。**総領事は他の国の総領事と意見交換する中で、同じような問題に直面した韓国人やフランス人が日本人よりもはるかに頻繁に総領事館に相談を寄せていることを知り、「日本人らしさ」が大きく影響していると考えるようになったと言います。
> 「外国人は自己主張が強いので問題があるとすぐに文句を言うけど、日本人は協調性を重視し、周りと争いごとを起こしたがらない。そうした日本人の特徴が強く表れていると思います。『言わぬが花』とか『沈黙は金』といった旧来の日本人の慣習を引きずっていても、外国人には理解してもらうことはできません。海外では日本と違って誰も空気を読んではくれないので、問題に遭遇しても泣き寝入りせずに何らかの行動を起こすことが重要です。1人で抱え込まず、まずは大使館・総領事館や現地の救済機関に相談してください」
うーん。18歳までの大半を過ごしたところの人口密度や学校の規模との相関を調べてみてはどうか。…出ました『人口密度』っ! 『人口密度』を使えばきっと何か説明できる。(たぶん。)知った顔しかない狭いところで育つと何もかもむずかしい。そこから飛び出そうというときにどうして東京でなく外国まで飛んでしまうのか。東京で働くにしても千葉に住めばよいということに自力で気づかない。(えーっ…。)じぶんが興味を持った国や仕事にいきなりアクセスしちゃう一方、▼日本語で書かれた注意喚起が『読めない』(「読もうとしない」のでなく『読めない』と疑う必要すらある、…と疑う)、▼総領事館のひとと会話が成り立たない(母語なのに!!)ということを疑いますよ。ええ。
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