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・「計画運休」
(約4000字)
[2997],[3197],[3439],[3628],[3700]に続いて、主たる区間を概ね時速200キロメートル以上で走りながら忘れられてきた、古くて新しい課題を概観します。
●「計画運休」
昨年中の台風を念頭に「計画運休」についての状況を過去形でしっとりと振り返るつもりでいました。
・[3421]
> > 昨晩の新幹線の事故(略)概略につきましてなるべく簡単に御説明申し上げますが、ただいまちょうど現地へ昨晩から派遣いたしました技術者が戻ってまいりまして、パンタグラフあるいは架線の切断面等を持って帰っております。いまの時間、本社でもって電気関係担当の**常務理事並びに技師長を中心といたしまして、架線・パンタグラフ事故対策委員会というものをつくりまして、現在究明中でございますので、ただいまの段階で私から具体的な原因につきまして申し上げる段階ではございませんが、まず事故のあらましにつきまして申し上げて、その後の復旧状況並びに本日の状況について御報告さしていただきます。
> > 十六両編成の八個のパンタグラフが全部破損しておりました。
情報公開というのは、こういう態度のことをいうと思っています。
・(再掲)ウィキペディア「新幹線安全総点検」「若返り工事」付近
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%89%84%E9%81%93%E4%BA%8B%E6%95%85_(1950%E5%B9%B4%E3%81%8B%E3%82%891999%E5%B9%B4)#.E6.9D.B1.E6.B5.B7.E9.81.93.E6.96.B0.E5.B9.B9.E7.B7.9A.E5.A4.A7.E9.98.AA.E9.81.8B.E8.BB.A2.E6.89.80.E8.84.B1.E7.B7.9A.E4.BA.8B.E6.95.85
> 想定を超える設備劣化による車両故障やレール欠損事故などが立て続けに発生したことから、1974年から翌年にかけて「新幹線安全総点検」として半日運休を、さらに1976年から1981年まで「若返り工事」
> それまで新幹線が絶対的優位を保っていた併走ルートの近鉄名阪ノンストップ特急が再起するきっかけとなった。
自然災害を除くと、この時以来の規模での運休ではありませんか。
・[3933]
> > なお、「▼大トトロ、▼中トトロ、それに▼小トトロの各トトロ」は「東北・上越・長野・山形・秋田の各新幹線」のノリで発音してください。それでは少し長めにお聴きください。
> だれにむかっていうでもなくぼやいてます&しつれいしました。
> このフォーラム、「新幹線の「宿題」」などと題して「主たる区間を概ね時速200キロメートル以上で走りながら忘れられてきた、古くて新しい課題を概観します。」という話題を年度末に1つ書かないといけないらしいので、それに先駆けて「の各新幹線」という話題についてお伝えしました。
というつもりでいたのですが、今般、新幹線の臨時列車(季節の多客に対応する列車)が再び運転され、これがまた単に走りましたよというのでなく、しかるべき乗車率になるまでは、何か書こうという気になれません。
・NHK「東海道新幹線 のぞみ 来月から臨時列車など一部運休や取りやめ」(3月24日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200324/k10012347571000.html
> 来月3日から大型連休を含むおよそ1か月間、「のぞみ」の臨時列車などを一部、運休したり運転を取りやめたりすることを決めました。販売済みの乗車券や特急券については手数料を取らずに払い戻すとしています。
> 運休や運転取りやめは上りと下りで合わせて148本に上り、販売済みの乗車券や特急券については手数料を取らずに払い戻すとしています。
・日本経済新聞「JR西日本、山陽新幹線の臨時列車176本運休 4〜5月」(3月24日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57168450U0A320C2LKA000/
> 5月7日以降も一部を運休する可能性がある。
・同「JR東日本、GW臨時列車の指定席券販売を見合わせ」(3月27日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57336210X20C20A3XQH000/
> JR東日本は27日、ゴールデンウイーク(GW、5月1〜6日)の新幹線や特急の臨時列車の指定席券の販売を当面見合わせると発表した。GWの臨時列車の運行本数が未定のため。
▼自然災害で線路が被災して長期運休、また▼被害が予期されるので「計画運休」、あるいは▼インフラはびくともしないが社会的な要請により「計画運休」というところまでは昨年のうちに多くの人がイメージできるようになってきた(※わたしもそのうちの1人)と思いますが、今回はそれを上回ります。
・[3461]
> 本人が主語となる文が数えるほどしかなく
> 自分以外の人を「数」だけで言及するのはアレ
・[3355]
> 1954年(昭和29年)10月8日
> 学校で児童・生徒の名簿があったかなかったかもわからない話については[3046]も参照。
> > 生徒たちは先生、船主、船頭のいずれからも乗船の心得は注意されなかった。
> 『昔は事故が多かったんだよ(⇔いまは安全なんだよ)』などと、原因も対策も理解しないままのうのうと言ってのけてはいけないと思いました。▼決められた手続きを守らない、▼誰もとがめないという中で、起きるべくして事故が起きるという構図は、時代とは関係なく、(感染症も同じです=)状況が揃ってしまえばいつの時代でも起きるものだといって、うーん。しかし傍題でした。
・[3948]
> 子どもが多かった⇒1人1人としてではなく「子ども」として扱われて育った⇒自分と他人の区別があいまい、の意。
> 「感染症」と「感染」の違い:「infection」を訳したときに飛んでる!
> ウィルスなどが『都市』に居座って“滞在!”しちゃって困るのよねみたいな訳(『×滞症』『滞×症』みたいなの)になりませんか
> うーん。帯電してるからびりっとしますよ(さわらないほうがいいよ)みたいな語感がほしい。
どんな文章を書くのか(⇒書けるのか)というのが、その人の認識の『天井』のようなものになるという指摘です。持つ言葉が豊かであればあるほど認識が細かくなるのです。
・[3665]
> もう少し後の時代でもなお、学校の先生が児童・生徒の顔と名前を覚えて授業していたかどうかというのはあやしいとは思われましょう。子どもが非常に多かったのです。じぶんが数字で数えられるばかりで大人とまっとうに接する機会が乏しく年上の兄弟に世話されるような状況であれば、大人になってもひとを人数で数え、大人が子どもを大人扱いしながら何かを丁寧に教えるということの重みをわからないままでいる(先生がいてもいなくてもじぶんで勉強してきたと思いこまれる)ように見受けられましょう。
よその他人(…それを他人といいますが)の氏名が報じられなくても、そこには1人の人がいて、ということを想像できるわたしたちでありたい。
・(再掲)
https://www.jreast.co.jp/ryokaku/02_hen/02_syo/01_setsu/03.html
> (伝染病患者に対して発売する乗車券)
> 伝染病患者に対して発売する乗車券は、貸切乗車券に限る。
> (注)
> 伝染病とは、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)に定める一類感染症、二類感染症、指定感染症(同法第7条の規定に基づき、政令で定めるところにより同法第19条又は第20条の規定を準用するものに限る。)、新感染症及び新型インフルエンザ等感染症をいう。
・[3906]
> 大昔からあるけれど、ついに出番ができてしまうのか。「(注)」は、そこに書いてあるように「新型インフルエンザ」のとき(2009年度)に追加されたものだったと思う。しつれいしました。感染が確認されればチャーター機でしか運ばれ得ないのと同じことを鉄道でもするのが本来の対応である。だからといって感染を確認しないようにするなど本末転倒であるのは言うまでもない。感染を確認できないとあらば、あらゆるひとが「感染の疑い」という扱いを受けるべきである。2009年の流行を受けた対策として、電車内をロープで区切って「離れて座る」みたいなのを実演していませんでしたか。
そのときは「ふーん」くらいにしか思いませんでした。そのときの流行の最中には特に対策がなく、あとから「電車内をロープで区切って「離れて座る」みたいなの」を決めて、訓練のようす(※現実感のないようす)として(ニュースで)紹介していたのではなかったかと記憶しています。
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