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[3433]の続きです。
・[3433]
> [3419]に続き、「電車特定区間」([3421])を念頭に青梅線、それに八高線の一部を読み解いてみようと思いました。
> なるほど、「箱根ケ崎電車区」は東京都内に立地せねばなるまいて的な空気が漂ってまいります。
仮に、新宿発着の電車のほとんどが「箱根ケ崎(行き)!」になったとき、わあぃ新宿から箱根っ! おんせん! おんせん! ガイドブックには「新宿から箱根」って書いてあるよ! 「ケ崎<がさき>」って、「行き<ゆき>」のなまったやつ(ことば)だよね…そのような誤解のないようにといってですね(略)。
・ウィキペディア「箱根ケ崎駅」「日光脇往還」「八王子千人同心」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%B1%E6%A0%B9%E3%82%B1%E5%B4%8E%E9%A7%85
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E5%85%89%E8%84%87%E5%BE%80%E9%82%84
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%8E%8B%E5%AD%90%E5%8D%83%E4%BA%BA%E5%90%8C%E5%BF%83
> 東側は江戸時代の宿場町「箱根ヶ崎宿」
> 日光脇往還(にっこうわきおうかん)
> 八王子千人同心が日光勤番のために整備した八王子から日光へ至る、40里(約160km)の脇往還に属する街道とも一部重なる。
> 千人同心が武士身分であったかについては疑問も多い。
既に箱根というものがありながら当地を「箱根ヶ崎宿」と呼びつつ、武士の身分ではないからこそ変わった名前で呼びつけられつつ…うーん。本物の箱根じゃないけど箱根と同じくらいに重要なのだよキミたち的な鼓舞のほうなど…本当でしょうか。
※「伊じゅ箱にぇ」([3208])…じゃなくて、「(名前を付けて)呼び分ける」からの「呼びつける(新)」([3403])も参照。
・八王子市立図書館「八王子こどもレファレンスシート」より「八王子千人同心」
https://www.library.city.hachioji.tokyo.jp/pdf/002.pdf
> みなさんが修学旅行に行く日光は、八王子千人同心が縁で八王子と姉妹都市になっているのを知っていますか。
> (大巾に中略)
> 八王子千人同心が日光を守ったことをきっかけに昭和49年(1974)には、八王子市と日光市が姉妹都市になっています。
ほおぉ!(略)問いかけから答えまでが(「こども」としては)長すぎませんか? …そうですか。(メッソウでした。)「パスファインダー」については[3213]を参照。高学年になれば、このシートの内容を自力で調べてまとめ([3409])られるようにとの配慮もほしくなりそうです。(※見解です。)
> 調べてみましょう
いやいやいや、あれとそれとこれを読めば「八王子千人同心について」とあらかじめ題された(「いわゆるひとつの予定調和?」な)レポートが書けるよーん…それはまた、ちょっとベクトルが違うかなぁ@実にむずかしいですのう。そして、このシートそのものを書かれるにあたっての参考文献はどれなのか、示されていませんですぞ。(恐縮です。)
・八王子市「千人隊の解体」(公式見解です)
http://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/003/002/p005303.html
> 幕末になると、国内外の政情不安を背景に、幕府は軍制改革を行い、千人同心も西洋式軍隊への近代化が図られました。慶応2年(1866年)には名称も「千人隊」と改称され、長州出兵、横浜の警備、将軍が京都へ行く際の御供などに動員されました。
> 慶応4年(1868年)3月、板垣退助の率いる軍隊が八王子にやってきました。千人隊は礼装で官軍を迎え、徳川家への寛大な処置をしたためた嘆願書を提出するとともに、武器を差し出して恭順します。慶応4年(1868年)6月、新政府から去就を迫られ、徳川家に従い静岡に移住するもの、新政府に仕えるもの、そして多くの隊士が武士身分を捨てて農民となります。
うーん。…うーん。『武士身分』を捨てたのでなく、「西洋式軍隊への近代化が図られ」ての「身分証」的なものを取り上げられたと、そのくらいでないと(1868年6月の時点で)『近代化されていた』ともいえないですぞ。もっと本当でしょうか。
・箱根町「箱根町(はこねまち)の由来(ゆらい)」
https://www.town.hakone.kanagawa.jp/index.cfm/12,3164,73,html
> 「はこね」の「ね」は「嶺(みね)」、つまり「山(やま)」をあらわしているようです。 「はこ」についてはいろいろな考(かんが)え方(かた)がありますが、ひとつには「駒ケ岳(こまがたけ)」の形(かたち)が「箱(はこ)」に似(に)ているという説(せつ)があります。
・箱根湯本観光協会「湯本温泉の由来」
http://www.hakoneyumoto.com/hotspa_history/
(公的な)『公式見解!』が読みたいと思いつつも、旅館の組合らしき「箱根湯本観光協会」しか見つかりません。
・(一財)箱根町観光協会
http://www.hakone.or.jp/?p=565&sarea=%E7%AE%B1%E6%A0%B9%E6%B9%AF%E6%9C%AC%E3%83%BB%E5%A1%94%E3%83%8E%E6%B2%A2%E3%83%BB%E7%95%91%E5%AE%BF&gana=member
http://www.hakone.or.jp/kaiin/
> 箱根十七湯の中で最も歴史ある温泉場で、その発見は奈良時代とも伝えられている。
> 伝統工芸品である寄木細工の工房が集まる畑宿では寄木細工作りが体験できる。
うーん。「寄木細工作り」…「寄木細工作りが体験できる」…うーん。「寄木細工が体験できる(作れるとまではいえない)」ではないかなぁ。(メッソウではございました。)
> 「明日 箱根に行こう」と前日に旅行を決め訪れる観光客の皆様も多いと思います。利便性を図りホームページなどによる情報発信により一層力を注ぎ、箱根全体が一体となり「おもてなし」で観光客の皆様と心を通わせ、箱根の旅が思い出深いものにしていただければと常に思うところです。
※ふらっと荻窪から南伊豆まで10時間で往復する話([3359])、それに「そうだ、戸越銀座に行こう!」と前日もしくは当日に決める話([3428])も参照。
まちがって「箱根ケ崎」に着いちゃいましたっ@オラぁどうすんべだよぉ…ゲフンゲフン。そういうところには、誰も責任を持っていないわけでございます。
※「ウエストケンシントン」からの「「分倍河原」に対応する『上杉謙信!』みたいなの」のほうなど参照ください。「電車特定区間」の終点の駅となるならば、もっと識別性の高い駅名が望まれるのかもですよ。「ひなぎく支店」については[3424]を参照。JR線でも西武線でもだいたい同じところへ行けるのですよアピールとして、電車区は箱根ケ崎にできたとしても、ほとんどの電車が(中央線側から)東飯能ひいては高麗川へ、というのも『1策!』かもです。…なんだかなぁ。松井山手からの京田辺ひいては木津([3424],[3421])に見えてきます。滋賀に近いほうの京都から見ての奈良が、山梨に近いほうの八王子から見ての日光だとかなんとか。本当でしょうか。「逢坂の関」についても[3424]を参照。
・Google ストリートビュー 「東飯能駅」付近
https://goo.gl/maps/fDbVT2CTDF92
・ぐるたび「寄木細工作りが体験できる」のイメージです
https://gurutabi.gnavi.co.jp/a/a_470/
https://c-gurutabi.gnst.jp/public/img/article/f9/79/art000470/article_art000470_4.jpg
> 1200年以上続くという箱根・小田原の木工の歴史のなかで、この技法は比較的新しく、江戸時代末期に箱根で創作されたといわれています。日本屈指の木材の種類の豊富さを誇る箱根山系より、多様な木を用いて独特の幾何学模様が生み出されてきました。
> 現在箱根山系は国の保護区となっているため、材料には世界各国・各地の木材を使用
ほぉお!(略)「トウモロコシ・インゲン・ホウレンソウ・キャベツ・ジャガイモ・タマネギ、さらにはレタス・アスパラ・パセリなど」…じゃなくて、「牛鍋」([3428])、「カレーやコロッケ・トンカツなどの三大洋食」([3430])を参照。
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