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(約5000字)
[3958]に追記してあったんですが、埋もれそうなので…(てんてんてん)。
・日本経済新聞「野田線の愛称「アーバンパークライン」浸透せず 東武、ネット調査」(3月14日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO56778900T10C20A3L72000/
記事の見出しの「東武、ネット調査」の「東武」というのは本当ですか。ちゃんとガバナンスが機能していて、社内のぜんぶ通ってから出てきているんですか。
・…ネットの反応です(棒読み)
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.nikkei.com/article/DGKKZO56778900T10C20A3L72000/
いいからだまってまずは「東武アーバンパークラインPR事務局が実施したインターネット調査」「沿線住民400人を対象に実施し、390人が回答した。」を読み解くんだ。いいな?(※命令形)
当事者(ここでは「東武アーバンパークラインPR事務局」=東武の本社ではない&何者なのかわからない)の発表がおかしい(=文章がおかしいとかデータの扱いがおかしいとかそんな理屈は通らんぞという強弁ぶり=)場合、媒体(ここでは日本経済新聞)としては取材による裏付けなしには勝手に直せないので(&当事者は直されたくないから取材は受けないという態度をとって、だから一方的に発表する)、そこには『利用者の25%』と書いてあるという状態が生まれてしまうけれど、そんなものをうのみにするやつがあるかい。(キリッ
ここで、『利用者の25%』と強弁する当事者は、「この調査のサンプリングは正しい」という理屈を持っているのである。沿線の住宅に戸別にネット調査の案内を投函したなら、対象の人数(世帯の構成)を把握しているというのはおそろしいことだし、方法はどんなものであったとしても、無回答が10人しかいないというのも不自然なのである。まず、何も書いてないというのがいけないのである。知り合いの会社にひともうけさせてやったよ(年度末に予算を使ったよ)みたいなことすら疑うべきである。東武鉄道と沿線自治体から少額ずつ予算を巻き上げていい加減な調査をしたと疑われるわけである。少額だからいいというものではない。本来、得られるはずのない利益が、何らかの調査会社に流れているのである。鉄道の利用者としても市民としても怒らないといけないところだ。○か×か。(※表現は演出です。ま、そこまで言わなくても。…言ってるし!!)
まじめに書けば、そこらの調査会社で、もとからネット調査のために登録させてある人(≒懸賞という懸賞に応募しまくりみたいな性格の人)の中から「沿線住民」と呼べる人を抽出(*)して、予算に応じた人数(ここでは400人)をばしっと(きっかり400人)出してきて、さあさあ回答してくれたまへみたいに通知して、答えなかったのは10人だということですよ。ゼッタイそういうことですよ。(キリッ
*この段階で何人いるのかが知りたいものだ。営業秘密だろうけど、調査結果を公表するからにはそこも公表しないといけない。部内だけで使うマーケティングと公表して記事になるPRとでは重みが違うという認識すら持たない会社だとうかがえる。…だから安いんですよ!! そんなのに飛びつく発注側がいけない。「20代」というのが「20歳と21歳の大学生」だけで構成されていると疑う。職業を不問にすることでようやっと「400人」をかき集めたというのが真相ではないか。職業に関してもまんべんのないサンプルを確保したければ、「沿線住民」という定義をやめて「在勤・在学」を含めればよいし「首都圏」まで広げてもいいのである。知ってた。しかし、支出する側が沿線自治体なのであるなら、“越境的”な調査になってはいけない(=よその市のことをこちらの市の税金で調べることになってしまう)ので、あくまで「沿線住民」ということにしないといけないという制約があるはずだ。○か×か。(棒読み)
似た話として▼「ペルソナによる新機能への態度の類型化」を[3866]でまとめているので読んでいってくださいというかぜったい読みやがれです。(※見解です。)
・「ビッグファイブ」とは何か
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%96_(%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6)
> (前略)冒険、珍しいアイデア、好奇心、そして多様な経験への感謝を表している。開放性は、知的好奇心、創造性、そして人が持つ目新しさや多様性を好む度合いを反映している。また、その人が想像力に富んでいたり、独立していたりする度合いとしても説明され、厳格な日々の生活よりもさまざまな活動に対する個人的な好みを表している。開放性が高いということは、予測がつかない、もしくは集中力が欠如しているということであり、危険な行動や薬物使用に関与する可能性が高いと考えられている。
じぶんのブログなどで「アーバンパークライン」と書き、「野田線」と書いたり言ったりした人を見下す態度を取る人がいるとすれば、そういう因子が強い人ではないか。(※ただし、ネット調査の登録者とそういうひとが属性としてかぶるのかどうかは定かではない。)
> (前略)高い調和性はしばしばナイーブないし従順であると見なされる。調和性の低い性格は、しばしば競争力のある人や挑戦的な人であり、議論好きであると見なされたり、信頼できない人であると見なされる。
調査の実施者が選んでもらいたそうにしてる選択肢を選んであげる人!(※「あげる」に傍点。)
> (前略)安定性が高いということは、安定した穏やかな性格であることを示しているが、無感動で無関心であると見ることもできる。低い安定性は、動的な個人にしばしば見られる反応性で興奮性の人格として現れるが、不安定もしくは自信不足と認識されることがある。
回答しさえすればいいという態度でいい加減に選ぶ人だから結果はランダムのはずだ。(※決めつけ。)
・「1:29:300」のハフソク(則)
https://kotobank.jp/word/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%92%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87-178833
『25%』の内訳は、▼あっといえばランダム「無感動で無関心」22.7%、▼ゾンダッハに花束を「ナイーブないし従順」2.2%、▼ノイズを奏で絶叫「集中力が欠如」0.1%かなぁと勝手に予想(※パーセントの数字は、もとの全体に対するもの)。「400人」しかいないから、「集中力が欠如」は『0.3人』しかいないとは思った。そもそも大勢に影響するものではないとも思う。わるぎはなかった。
まとめてみました。(違)
・[3852]
> ▼(なにごとも定義や実装を確認しようとする:そのときちょっといやな感じになっちゃう)清く正しい「へそ曲がり」と▼(大ざっぱで動きが大きく人の言うことを聞かない)単なる「じゃじゃ馬」は似て非なるものだ。
・[3670]
> > 「ちょっといいかな」と積極的に声をかけて、さりげなく話し合いの場を持つようにしました。(略)時には飲みに誘うこともあったそうです。
・[3852]
> TAやRAのおにいさんやおねえさん(※仮名)目が笑ってない! これはまずいことをしたんだなと直感して緊張が走る。(※表現は演出です。)
> じぶんでじぶんのプログラムを説明しきれない(曖昧さが残っている)という体験をすることと、それをもって冷や汗だらだらになっていただくという経験を積むのが卒研だといいました。専門学校のひとはそういうのはしないでいきなり就労しているとは思う。文系のひとも未経験だと思う。工学部(など)ならではである。
・[3949]
> 一事が万事である。用語がおかしいということは、すべてがおかしいという疑いをかけるに十分な状態である。デフォルトでは疑うものである。
・[3890]
> > 「たくさん集まってくれた」と中小企業を喜ばせた就職説明会の参加者は、ほとんどサクラだった――。公費が投じられた事業の趣旨や、人材確保に必死な企業の思いを踏みにじる背信行為の実態を追った。
すでに公然とそういうことがなされて「なにがわるいの?(半笑い)」みたいな輩ばかりが闊歩しているという認識である。
・[3436]
> > 正直にいって、自治体というのは、調停の当事者に向かない立場だ、と思う。調停の場に持ち込まれる事件である、ということは、互譲によって妥協点を見出す以外に解決策がない、ということに等しいが、自治体の行動原理は「法律による行政の原理」であるので、どうしても、杓子定規な対応をしなければならず、事件が調停の場に持ち込まれたからといって、そう簡単に譲るわけにはいかない傾向がある。加えて、和解は自治法96条の議決案件であり、市の公金を用いて和解=譲歩をすることについて、その必要性を市民の代表たる議会に説明する必要があることが、より客観的に・通常人の感覚に照らし妥当な譲歩であることについての理由を求められる動機となり、それが調停の成立へのハードルを高くしている。
> > 一度、調停員を本気で怒らせてしまったことがある。金銭賠償(といっても、賠償を求める根拠はかなりあやふやであるように、私には感じられたが)を求めて市を相手方とする調停が申し立てられたものだが、その額自体は少額であったことから、調停員から「このくらいの金額がなぜ払えないのか」的なことを言われ、ついカチンときて、「市の金は市民の財産であるから、金額の多寡の問題ではなく、法的な根拠が明らかでない支出については、ビタ一文出せない」というような内容の話を、強い口調で言い放ったら、調停員の機嫌を損ねた、という次第である。言い方が大人気なかったことへの反省はあるが、話の内容それ自体は、決して間違ってはいないと、今でも自負している。
> こう、(補助金によって間接的に)賃料が(坪当たりで割安かどうかでなく、一種『絶対値!』として小さな数字になるという意味で)お安くなりますと、(いわゆる)体力がない業者(⇒「約100万円」の設備すらも補償されないと退去費用が捻出できないほどカツカツな&ましてや人的にも移転のことなど考えられない、の意)でも入居できてしまうというのは(後年の)問題のもとであります。(町側の)資格要件の定め(※資本金や過去ン年の売上高など)に不備があったのだと、いつでも建物側の都合で退去いただくという条項を(条項として名目上、盛るだけでなく、実質上として)きちんと発動できるための担保(のようなもの)として、いつ退去が迫られても応じられるだけの体力のある業者だけに応募を認めるという、そういう設計を最初からしておかなければならなかったのだと見えてきます。
> > ある金額が、ある基準に照らして割高なのか割安なのか、というのは、どちら方向に飛び出しても(高すぎても安すぎても)問題であるのです。「安ければいい」という単純なものではないことがよくわかります。そして、チェックされる側としても、チェックしようなどという人たちを煙たがらず、そのチェックによって合理性が再確認されて補強されるんだという視点(データジャーナリズムに耐えるデータドリブン[3045])に立つことが大切です。
> 「タヌキツーリスト」([2965],[3098])も参照。じぶん、いっしょうけんめい! よかれとおもって…客観的に見れば自分が「タヌキツーリスト」であったと、気づくことのできるよう促すのも新聞の役割なのかもしれませんよ。
…ここまで、「このフォーラム」の基本的なスタンスについてあらためてお伝えいたしました。(棒読み)いかがでしたでしょうか。(違)疑って疑って疑いつくすけれど、それは最終的に晴れることを期待してのことなんです。誤解なきよう。
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