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・「NHKスペシャル」と称した生放送(っぽい)番組を見る ・卒研のテーマを決める ・センセイの「手の動き」を目指して
(約4000字)
[3245]の続きですが、研究っぽい話題かなぁということで、稿を分けました。
●「NHKスペシャル」と称した生放送(っぽい)番組を見る
「NHKスペシャル」が生放送(っぽい)になるのは、「銀行が営業を取りやめる」並みのたいへんな事態だと認識しても決して大げさとはいえないでしょう。
日中のニュースでも繰り返し、しかし断片的に放送されていた、▼広島大学の名誉教授による「活断層」の調査のようす、また、▼「耐震工学が専門」と紹介される特任教授の、家屋の倒壊の調査のようすが、「NHKスペシャル」の中でまとまった形で放送され、専門家が何を考え、何を調べているのかを、多くのかたがそれなりにイメージできる映像であったと思われます。
「活断層」の調査の現場で「1メートルくらい」といっている、そのそばから小さなタイムラグで放送されたことは、実はスゴイことで、「NHKスペシャル」とはいいながら途中でニュースが挟まる同番組の中でも、後ろのほうで、GPS観測の結果のニュース(97センチ!)が伝えられましたが、その発表を待たず専門家に同行する(いえ、GPS観測と現地調査は別物ではあるんですけれども)という取材力はさすがであります。
もっとスゴイのは、GPS観測についても、4月初旬に既に特集が組まれていたことでした。今回の番組では、その要点がかいつまんで紹介されるとともに、同じセンセイに「14日の地震」の後に聞きに行った、インタビューが追加されています。
耐震のセンセイ、そして、GPSのセンセイともに、番組を見る側の私たちが、「(自称)普通の人!」として、専門的な内容そっちのけで映像を(≒人の顔などだけを)見たときに目が行くのが、「手の動き!」です。
地盤の動きを、手をすりあわせながら説明なさる、その「手の動き」は、内容がわかればわかるほど、実はスゴイんだとわかります。おお、このセンセイ、確かに頭の中で3Dアニメーションのシミュレーションが何プロセスも走っていて、うん、目の前の現象はこれだな、といって、それが「手の動き」に出てくるんですよ…たぶん。
・[3094]
> 事実上、一種の口頭試問でもあり、代作であれば見破られます。
> ※仮に発表が苦手でも、質疑応答を通して「確かに本人が取り組んだ」ということは容易に確認できるものですから、そこは安心してよく、発表が苦手だということはまったく苦にする必要はないでしょう。
研究内容を説明するときの身振り手振りで、「確かに本人が取り組んだ」ということが簡単にわかると実感されましょう。
・[3097]
> 正式な論文ではもっともらしく「ナントカ分布」の「ナントカ分析法」だのと書いてあっても、その実、実質的な研究の段階(お手元のExcelなどでペチペチ、グリッ、それにペッ、などとしている段階)では、「このへんの(データの線や点)がアレ(突出しているなど)だから、こう引っ張って(ナントカパラメータを増やして)薄めて(なだらかにして)」などと、かなりアレな表現で、逆に直感的に云々しているということが、結構あるはずです、たぶん。
研究に関して、できる限り実質的な段階のソレを見たい(見せてもらいたい)という欲が出てくるのは、ここにあります。論文に書くときには形式ばって(=それが論文ですから)捨てられる「豊かなニュアンス」([3132])が、現地調査や、(分析のため)PC(ただしMacを含む)とにらめっこの段階では、とっても豊かなんです。
専門家でない人が、専門家の専門家らしさを外形的に推定できる材料が「手の動き!」なんです。きっと本当です!
●卒研のテーマを決める
「ATOS 卒業研究」といって検索されてこられたかたがいらっしゃいまして、おお、お呼びですか、お呼びですかっ…といって、その実、呼ばれて飛び出て…ゲゲゲフ〜ン。
卒研のテーマを決める時期がいつなのかは、かなり分野や大学によって異なるはずですが、こう、指導教員と連続6時間以上は話しこむくらいのソレで決めていってくださいね、と期待されます。
・豊橋技術科学大学「中西宏明氏を講師に迎え、豊橋技術科学大学第4回プレステージレクチャーズを開催しました。」(2015年7月14日)
http://www.tut.ac.jp/news/150714-8626.html
> **氏は、大学の電気工学科を卒業し***に入社された技術者
> 社会に利益をもたらす機能の統合・融合の大切さ、「人」起点の取り組みによる社会の課題の解決、共生自律分散で繋がるこれからのシステム技術など、将来に向けたシステム技術の在るべき方向等、巨大なシステム技術の未来ビジョンを語られました。
・(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%A5%BF%E5%AE%8F%E6%98%8E
※えっ。おお、3月に24歳を迎えられながら(※)学部を卒業されつつ、4月に24歳で修士了とのことで、おお、留学されて二重に学ばれていたとうかがえます。(昔の人は)ふりーだむっ。
※「3月生まれ」のかたの不利なところが、当時、いまよりもはるかに不利だったこともあったのではないか(4月や5月生まれの「大きな人!」の前で小さくならなければならない等)とうかがわれますが、まったく想像です。この話(『生まれた月が後々どこまで響くのか問題』)、機会あれば別途まとめたいなといって、愛知県警のソレ(交通事故の統計)など眺めてはいるんですけれども、うーん、難しいです。
・個人のブログ「ATOS 卒業研究」(2006年9月5日)
http://blog.goo.ne.jp/yamadokoro/c/2fed32a0885497ba3423c2946e3a4351/2
> 今月中に研究室配属があるので、希望候補の研究室をいくつか見学する予定である。
> 希望候補である**研究室の知的最適化班の研究テーマである「列車ダイヤ制御」について、「列車の運行管理システムは既に整備が進んでおり、既存のシステムを超えることを目指す研究でなければ意味がないのでは?」という疑問を抱いたのをきっかけとして、JR東日本が導入しているATOSという運行管理システムについて調べてみた。
> ちょうど「ATOS, The Future」という良いサイトを見つけ、いろいろ知ることができた。
> 中でも「ATOSにダイヤ自動回復の機能はない」という記述を見つけることができ、**研究室の知的最適化班の研究テーマである「列車ダイヤ制御」はこれを実現する目指しているのかな?、と研究の意義を勝手に思い込んでいる次第である。
> ただし、「ダイヤを自動回復する機能は現在、京葉線で実用化に向けた試験が行なわれている」とのことで、卒業研究よりも実用化のほうに先を越されそうである。
※マコトに恐縮ですが、こう、セカイ(最新の研究動向:先を越されそうかというあたりも含めて)が見えながら卒研できるのって、とってもなうでヤバい!(イケてる!、の意) …などと(略)。
・(参考)「交通システム班」(2007年6月13日)
http://www.eb.waseda.ac.jp/watanabe/g5/index.html
・「セカイがなうでヤバい!」(2015年5月25日)
http://www.excite.co.jp/News/it_lf/20150525/Bizlady_104745.html
※わかってますとも、ええ。わぁくわっとぅぇますともぉ。古いですってばよ。あらあら、まあまあ。([3136])
・(参考)「おぁとがよろしいようであでぃおすあみぃ〜ごぅ」
http://www.sigma7.co.jp/profile/m_40.html
●センセイの「手の動き」を目指して
卒研(卒論)では、とてもそこまでは到達しえないといって、いえ、むしろ卒研ではキホンを身に着けることが最重要の目的なんだと意識して、「メタ目次」([3093])の「じゅん守」を指向いただければ、まず十分ではないかと錯覚されてきます。(あくまで錯覚で、何をもって合格とするかは大学によります。)
※「メタ目次」は[3173]の例のように、研究ではない職場で、難しい(≒複雑な組織で実行される)仕事に取り組むときの「道標のようなもの」としても使えましょう。これ、『一生モノ!』ですよっ! …たぶん。
多くの場合、修士課程に進んで初めて、センセイが「実質的な段階」のソレを見せてくれるようになることでしょう。半人前でも、「共著者」扱いで、研究組織に(実質的に)加えてもらえるのです。ここで、学生としては、いかにしてボス…いえ、師匠…いえいえ、指導教員のソレを見よう見まねできるかが問われてきそうです。後に「○○センセイのお弟子さん!」と評されるタイプの人は、たぶん、修士の段階で、かなりセンセイの「コピー!」のような言動になっていたのではないかなぁ、と邪推してみたくなることが、ときどきあります。(まったく偏見です。)
では、それで「手の動き!」が見事なセンセイ(の候補)が育っていくのかというと、うーん。
・きねまぎーず「手の動き」(2014年7月3日)
http://www.gizmodo.jp/2014/07/post_14848.html
卒研だからといって、また、修論だからといって、「これで十分だろう」的なことを考えてしまうのは、教員だけであるべきで、学生にはあたかも、全力で取り組んだかのような全力感(?)、そして、全力で取り組んでなお課題が残る課題感(?)を体感いただけるように、いろいろなことをマネージしていくのが、教員の役割なんではないでしょうか。また、「○○チルドレン!(センセイのコピー!)」のような人が目の前で育っていく(育ってしまう)ことを何とも思わないようでは、教員としてどうなのか、キミぃ、それでは私を超えられないゾ☆、という態度で接するのも重要な責務なのではないかなどと『したり顔』でいってみたくてしかたないのですがやめておきまーす。(マコトに恐縮です。)
難しい研究課題に挑むには、もはや、計算機をソレラシク動かしていたらナントナク出てきたんで「これで十分だろう」といった、そういう甘いソレが通用しなくなっていくわけです。そこに挑むには、計算機よりも前に、きわめてラフな形で、頭の中でシミュレーションがだいたいできていなければなりません。そのためのスキルというものは、いったい、どこ(狭くは何年生で)でどのように身に着けておけば後から活かせるのか、こう、遡って調べるような追跡調査でもしたら明らかにできるんでしょうかねぇ。
手を動かしながら(!)考えてみましょう。
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