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(約8000字)
[5255],[5264],[5263]を受けてのまとめです。
・[4903]
> そもそも「A列車で行こう9」は、株式会社アートディンクという「他人」の著作物である。じぶんで写真を撮ってくるのとは違う。他人の著作物をじぶんのもののように使ってはいけないから、他人の著作物である「A列車で行こう9」をブログのタイトル(記事のタイトルではなくブログ名)に使ったり、ブログの内容が完全に「A列車で行こう9」1色(「A列車で行こう9」から持ってきて貼り付けた以外の内容がいっさいない)というのは、NGである。
・[5223]
> 「A列車で行こう9」という作品名を、ものすごく「オリジナル」なデザインでグラフィックとして描くのは、同一性保持権の侵害である。
> ページが小ぎれいだとか、丁寧だとか、内容も正しいということをいくら積み上げても、実際の製品とはぜんぜん違うフォントで「A列車で行こう9」という文字をデザイン的に(※言いかた)グラフィックにしてあるという1点だけをもって、ただちに失格であり退場なのである。(※レッドカードみたいな言いかた)
・[4812]
> 「DIY=イコール=絶対の“善行”」(※意訳)といった刷り込みというかなんともいえないものもある
> 市販の製品を改造してはいけない。そこを習わないうちに何か勝手にしたことは「勝手に」としか形容しえない。
・[5223]
> 実際の製品のロゴよりかっこいい(とじぶんが思う)ロゴを「勝手に」作る。じぶんで作ったロゴだから絶対に悪くないという理屈になる。それではだめだ。
・(参考)「WBSのナレーション」とは
https://event.tosei-showa-music.ac.jp/creative_expression_voice&words/t-06.html
> 「KONAMI」CMサウンドロゴ
> 「東京ジョイポリス」館内アナウンス
https://img.konami.com/kde_cms/jp_publish/uploads/2.png
しばらくお待ちください。
> 「週刊ビジネス新書」(テレビ東京系列)
> 「ワースポMLB」
> 「熱戦凝縮!」(NHK BS1)
> 「ローカリズム♪」(SPACE SHOWER TV)
> 「メタルバスター」(釣りビジョン)
・[3845]
> > 「PISAで求められる読解力は単なる文章の読み解きではなく理科や社会、総合学習など教科全体の中で育てていく必要がありかなり高度な学力だ。(略)」
> それはどういうことかというと…(てんてんてん)。
カシオの腕時計の時報を鳴らす人と電車で乗り合わせる確率。(違)
> > 児童の1人は「友達と話し合う中で答えが分かった時は『ああ、そうだ!』とうれしくなります」と話していました。
> > 友達
> > 友達
> > 答えが分かった
> > 答えが分かった
> そこがダメ! なぜ大人にも聞かないのか。(※「も」に傍点。)大人だから答えを知ってる(いじわるして隠しておく)というようなしょうもない題材に時間をかけていたら時間のむだぽよん。何か1つ見つけて終わりにしちゃう(=問題を解くのは速ければ速いほどいいぞ!=な)きらいがあって、どれでもいいからどれか選んでねちねちと何か書けと言われても何も書けないということではありませんか。回答が拙いというのでなく、回答を放棄したという答案が多発したのではないかと疑う(=すごい高得点の群とゼロ点の群に分かれていそうと思う=)ところですが、そういうところを報じずにいていいんですか。いいわけがありません。(棒読み)
・[5156]
> > 形や色彩,材料,光などの性質やそれらが感情にもたらす効果
> すごく「A列車で行こう9」というゲームのことを言っていませんか。
> 特に「感情にもたらす効果」というところを、なぜか本件ゲームの作者は苦手としていませんか。
> 「感情にもたらす効果」の「感情」という言葉にだけ反応して「感情に訴える動画!」の作成を指示してしまうようでは、ぜんぜんです。
・[3944]
> > シンパシー
> > 他の人と気持ち(特に悲しみまたは苦悩)を分かち合うこと
・[3808]
> 作者しか言えないことを言って
> 実装にあたっての考え、いまの気持ち、今後の見通しなど
> ほぅ。本件ゲームの作者は「気持ち」を述べたことがこれまで30年間、いちどもなかったのではあるまいか。…がびーん。そこに気づいちゃいましたか。
・[5145]
> 本件ゲームのメーカーは長年、そういう部分を苦手としたままで来ている。
動画としては、「なになにはこうする!」という具体的な内容をそのままタイトルにしてしまへということである。
※「へ」は「he」と発音。
動画を見てもらうために、動画を見ないと中身がわからないタイトルにしてしまいがちだが、動画を見る必要がないと思えるほど動画の核心いわば「結論」をそのままタイトルに書いておけということである。日本語でひとりカラオケ。(違)歌詞の表示があるから歌えるのである。新聞にはテレビの番組表いわゆる「ラテ欄」がある。なんと、新聞にはテレビの番組表いわゆる「ラテ欄」が、あるんです。たいていのホテルでは客室にテレビがあるけれど、番組表いわゆる「ラテ欄」がないと、よくわからない。旅先や出張先で、その地域の放送局がどうなってるのか。番組表いわゆる「ラテ欄」を見ないとまるで見当もつかないものである。動画の内容が動画を見る前にわかっていてこそ、視聴者はその動画を見るのだという変なトートロジーがある。…たぶん。
https://livedoor.blogimg.jp/y_haiku/imgs/6/e/6eb543c8.jpg
※画像はイメージです。
その「ラテ欄」の内容は新聞社が作成しているのでなく、放送局がじぶんで出すものである。動画サイトでいえば、タイトルとキャプション(説明文)である。ここで、なるほど「ラテ欄」なんだな!(シンクがボンっ!!)と早合点して皮相的に「ラテ欄」を模倣するのでは、「ラテ欄」でいちばん目を引くのは出演者名だと、ならば動画では「出演者:オレ」みたいなことをいちばん目立つように書くんだと、そういうことになってしまいます。「ラテ欄」を見たのに、なぜ出演者名だけに目が行くのか。番組名(タイトル)や内容説明(キャプション)が、あまりにも読みやすくて、わかりやすいからである。読むのに心的負担がほとんどないものは、読んだとも意識されない。そうすると出演者名だけに目が行くのである。だが、それは「ラテ欄」だ。(ばーん
https://livedoor.blogimg.jp/y_haiku/imgs/1/2/1257005d.jpg
https://static.mercdn.net/item/detail/orig/photos/m42778391295_1.jpg
※表現は演出です。
・[4156]
> しょくんは、目の前の記事の▼テキストの量が少ないとか▼箇条書きであるとか▼文が短いというと、▼それにかかった労力も少ないはずだ、従って▼たいしたことのないものだ(とるに足らないものだ)と決めてかかるきらいがある。
・[4364]
> ARXの「カリキュラム」のページを見ても同じことが起きると思うけれど、せっかく表にしてあるのに表はぜんぶ飛ばしてページの下までスクロールして「理数探究」とか書いてあって「は?(半笑い)」みたいな顔で5秒以内に帰っちゃうんだなぁ。
・[4638]
> 意識が近代化されていない人がいるという前提で、くどいほどに確認を重ねる苦労が続く。
・[3746]
> なんでも『当局!』に取り締まってもらおうという態度でなく、わたしたちがわたしたちをちゃんとさせるんだというところが大事なんですよ。
・[4582]
> > 素朴な概念の理解が科学的概念に適切に置き替わらない
> > 素朴な概念の理解が科学的概念に適切に置き替わらない
> この「素朴な概念の理解が科学的概念に適切に置き替わらない」をPCゲーム「A列車で行こう9」の文脈でいえば、分譲マンションの売り文句「快速停車駅」が適切に置き替わらないで、分譲マンションの売り文句と同じニュアンスや強さのまま、「快速停車駅」という絶対ゆるがない概念があるかのように思ったまま「A列車で行こう9」の中で「快速停車駅」をつくって、それを自慢したりすること。
> > ゲーム感覚で楽しく
休み時間に教室の隅っこにかたまって背中を丸めてゲーム機…じゃなくて(※滝のような汗)、この「ゲーム感覚で楽しく」がいけない。
・[3894]
> 何か出題する=イコール=「ひっかけ問題」オンリー! …という『変な了解』があるのは特定の年代だけだろうと指摘しておこうじゃないか。
・[4582]
> 絶対わからないような「なぞなぞ」にされちゃって「負かされた」「恥をかかされた」といったことになってはいけない。多義語というものが言葉を豊かにするものではなく他人を負かす道具に成り果てる。その結果が「A列車で行こう9」のシナリオマップ(ニューゲーム)のタイトルみたいなあれだ。(※汚いものを見る目で)
https://www.raitonoveru.jp/cms2/wp-content/uploads/2019/09/websyousetu2.jpg
そのように見ていくと「動画無用論」と「動画の矜持」は「v.s.」などというタイトルにして対立させてみせるものではなく、共通の「結論」に到達するように思えませんか。(※急に敬語)
・[4957]
> 動画などを通じて、あるいは大人や先輩やゲームお兄さん(※言いかた)がしゃべっているのを聞いて、聞いたのを漢字で書いちゃったという感じ。カタログや公式サイトやマニュアルに書いてあるのを見たことがないまま音だけで入ってきて勝手に漢字で書いちゃうというのが、すごくいけない。いけないというよりは、危なっかしい。人の話は聞くな。公式に書かれたものをじぶんで読め。
・[3874]
> 「屹立」と書きながら「区画整理」(という用語)を理解しないまま使うアンバランスよ。
・[4957]
> 分不相応な「書き方事典」みたいなの(ビジネス文書のマナー本の類)だけを振りかざして「屹立」と書けばかっこいいよみたいに書きながら「区画整理」という用語を不正確にしか使えていない。これが「A列車で行こう9」のメーカーが持つ国語力のまぎれもない実像である。昭和時代にはだいたいの人がそんな程度だったので(その人の国語力そのものを)責めはしないが、(法人として外に出す文章のレヴェルとして)いま通用するものではないのは確かだ。
・[4295]
> 『順番』とは何か(そこに他者の専門性はないか)といったことを考えて言葉を選んだ気配が感じられない「この順番で後ろに行くほど意味が強くなる。」というぶしつけな表現には、かなりカチンとくる。
・[4319]
> > ほとんどが理系の技術者集団でもある気象庁
> 「理系」と「技術者」は別物だ。現場としてはチームワークが大切だから違いをぼかすだろうけれど、ニュースではぼかしてはいけない。
・[4295]
> > 同僚の書く概況文をチェックしていたら「夕方にかけてまとまった雨が降る」というような表現があった。
> > これまであまり気にしていなかったけど,気象解説のベテランはやはり語彙が豊富だ。しかも豊富なだけじゃなくて定義に基づいて適切に運用している。僕も経験を積めばそういったスキルは身に付くのだろうか。
> 手遅れです。(※断言)「これまであまり気にしていなかったけど」〜「僕も」〜「身に付くのだろうか」の全体として、とんでもなく失礼な態度である。しかも自覚がない。「僕も」「ちょっと気にするだけで」「身に付くはずだ」と言っていることになる。「語彙が豊富」な「気象解説のベテラン」が「語彙が豊富」になったのは子どものころのことのはずだ。それを、あたかも業務の中で(=業務だけによって)身につけたかのように言う(※不当に軽く言う)ことは、相手と自分の違いを想像しない、きわめて失礼な態度なのである。
・[3863]
> うーん。昭和時代の人の日常会話のレヴェルの低さよ。
> 「時間」と「時刻」(という言葉)の使い分けが、年少のプレーヤーだけでなくゲーム画面(やマニュアル)の正式の表記でもちょっとあやしい(たどたどしい)
・[4378]
> それはさすがに…(てんてんてん)。
・[3339]
> 学校の廊下に掲示される写真ニュース(!)
> > ──やはり、写真重視なんですね
> > 「そうですね、逆に言えば、子供の目を引く面白い写真があればニュースになります。いくら面白いニュースでも、いい写真がないとボツにすることもあります」
・(9月13日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240913/k10014580141000.html
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240913/K10014580141_2409130152_0913020640_02_06.jpg
> 1991年にイグ・ノーベル賞を立ち上げて以来、現在も主催者を務めるマーク・エイブラハムズさん
> 各国の研究者やジャーナリスト、学校の先生などが協力し、議論を交わしながら選考している
> 「本当におもしろいか、誰でも即座に笑えるものか、そしてすぐに理解でき、好奇心を持ってもらえるか、本当によく議論します。難しいのは英語以外の言語でもそうなるかで、英語から他の複数の言語に翻訳することもあります。単に研究を選んでいるのではなくて、それを友達に話したくなるように、正確かつ分かりやすく表現できるかどうかにも、とても注意しています」
・[4716]
> 学校の教科書に文例が出てこないような(例えばテレビゲームとかの)ことについて何か書こうという時に、手当たり次第に何かをお手本にしてしまうけれど、そういうとき身の回りには店の張り紙だとかテレビの字幕だとか道路の開通のお祝いだとか、そんなのしかない。
・[4634]
> 教科書のように通り一遍にまじめくさって書いてないと、それだけで怒るのだ。そりゃあ教科書の記述はレベルが高いよ。しかし、それは教科書だけでいい。
・[5253]
> 教科書の執筆陣というのは、その分野のオールスターせいぞろいのいきおいだかんね。
…せいぞろいのいきおい。(※サザンオールスターズの歌詞みたいな言いかた)動画というフォーマットのコンテンツに対して非常に無邪気に向けられる「『正解』だけをばーんと示してほしいという期待」は何に由来するのかというと、学校でタダで配られる教科書なのだ。学校も教科書も無料だから、あれでふつうなんだと思われてしまう。(がくがくぶるぶる)畏れ多くて動画など作れないというのが正常な感覚であって、何の覚悟もないのに動画を作るというのは向う見ずにもほどがある。(※トートロジー)
・[4130]
> MSNが勝手に勧めてくるワニの動画とか見てないで(げふ)…MSNねぇ。(※全角)
・[5108]
> 楽曲そのものがどうのこうの、放送の番組そのものがどうのこうの、という話ではなく、「図書館」「博物館」の話題でした。セルフサービスで「音楽資料室の「女の子」」の役を自分でやろうよということでした。
> 放送局のための取り組みの余波というかおこぼれのようなもので、YouTubeも充実する。ただ、音源だけが無尽蔵に貯蔵されていても、検索やレファレンスサービスが提供できなければ、どうにもならない。
> YouTubeが推薦してくるものを「アシスト」と受け止める。あくまで「アシスト」なのであって、適合性の判断は自分で行なう。
・[5113]
> YouTubeが推薦してくるアイテムにニュースの影響がまったくないとは思わないし、それはむしろ好ましいものだと受け止めるところである。
・[3929]
> > 雑誌⇒個人サイト⇒有志wiki⇒企業wiki⇒個人サイト、からどうなるか。
> なにそれほんとうですか。
・[4753]
> > 個人サイトは 壁打ちが得意 見てる人がいるかもわからなくていい 記録を残すのか好きな人 がむいてる
・[5007]
> そこで真っ先に「壁打ち」というメタファーを繰り出してくるのが球技の部活動の全盛期に育った人という感じ。
> ウェブサイトというものを、最初の最初から「人に見せるため(だけ)に作る」「自慢するために作る」と思い込んでいる人もおられるかもしれないが、おおかたの個人サイトというものは、本人にとってのメモである。メモしとかないと忘れる。すごく忘れる。忘れないだろうと思っていたことすら忘れていく。
> 本人にとって役に立つメモになっていないと意味がないので、自然と『情報量は圧巻!』になっていくのである。知ってた。同じ題材に興味を持つ人であれば誰でもつけるノートである。じぶんではノートをとらないで、すごくよくノートができてる人に見せてもらって写させてもらう。個人サイトとは、試験直前になるとノートを借りようとする人の行列ができる人というイメージである。ノートを借りようとする側から言えば、そこに個人サイトがあるなら、使わないほうが損というもの。
動画というものにもまた、そのようなダイナミズムが生じることを期待しているのです。意味のあることをしよう。(※言いかた)
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