|
(約18000字)
[3433]の続きです。
・[3433]
> 大きいひとつのパッチか、複数の小さいパッチ群かというSLOSS論争
いや、まあ、その、かつて「SLOSS論争!」の時代があったのを再現するかのようにみなさま京葉線といえば京葉線だけ、青梅線といえば青梅線だけしか見ないという傾向がございます。
中央快速線の最大のボトルネックは立川駅(※)にあるとの理解にございます。
※その次は吉祥寺駅かなぁとの感触にございます。(あくまで私見です。)
・Google Earth 「立川駅」
https://goo.gl/maps/Eskpejy3MiK2
https://goo.gl/maps/sb8QdCfEKan
https://goo.gl/maps/bTkDY3QGbVM2
https://goo.gl/maps/b41QiFvyekn
https://goo.gl/maps/19pgFuCjabt
https://goo.gl/maps/MmQ1gavnjf22
※千葉駅「千葉ステーションビル駐車場ビル(駅ビル駐車場)」([3351])も参照しつつ、駐車場のビル(RC造とみられます)と百貨店のビルは別の建物であると見受けられます。道路との接続を不問にしたまま建物の大きさのみに対して駐車場を義務付けるのは、いまとなってはシヤクシヂヤウギだと思われるかもですよ。本当でしょうか。そして、「定礎の石!」はどこだっ…たぶん玄関の内側かなぁ。奥にコンクリートブロックの壁が見え、消火栓の古めかしさからして、この建物が新しいはずがないっ。…見ればわかるって、こうですね! 補修や「美装化!」などあきらめた感が散見され、遠からず建て替えられるのかなぁとの気配がノウコウでございます。(あくまで気配です。)
・Google Earth 「エキュート立川osoto」付近
https://goo.gl/maps/SNJcySwhT932
・サンケイリビング新聞社「レッツお野菜」のイメージです
http://mrs.living.jp/tama/town_gourmet/reporter/2414902
http://mrs.living.jp/wp-content/uploads/2016/08/smm_2016-08-04-16.06.37-580x380.jpg
http://mrs.living.jp/wp-content/uploads/2016/08/s2016-08-04-16.07.04.jpg
・ケンプラッツ「立川タクロスが街開き、「一人勝ち」続く」(2016年8月4日)
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/atcl/knpnews/14/660651/00023/
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/atcl/knpnews/14/660651/00023/?P=3
> 立川は、1977年に米軍立川基地が全面返還されて以降、基地跡を中心に開発が進み、
> 1982年に立川駅にルミネ立川を併設。
(荷捌き場を兼ねる)駐車場のビルが先に完成していたことは明らかで、1977年から1982年までの期間の早いうちの完成となれば、旧耐震基準でアチャーであるとのソレは免れないとみられます。百貨店のビルはリニューアルされながら2029年まで使われるのだろうと想像しつつ、駐車場のビルは速やかな建て替えが迫られているのではないかと推測してみます。(あくまで推測ですが、その理屈は上記の通りであります。)
※『すわ旧耐震基準ただちにアチャー!』ではないことに留意ください。高層もしくは複雑な形状の建物では手厚く頑丈にされましょうが、(わずか4階建ての)駐車場なんて、そんなの…アチャー。なお、長方形の建物の長いほうの3箇所がブレースで補強されていることを申し添えます&草々。
・Google ストリートビュー 「ブレース」付近(2010年11月)
https://goo.gl/maps/HMxVcwhheTN2
・鹿島「耐力向上の概念」「あと施工アンカー」のイメージです
http://www.kajima.co.jp/tech/seismic/hokyo/030622.html
http://www.kajima.co.jp/tech/seismic/hokyo/image/22il-2.gif
http://www.kajima.co.jp/tech/seismic/hokyo/image/22il-6.gif
※「あと施工アンカー」については[3188]も参照。
・Google ストリートビュー 「鉄骨製作工場名表示」付近(826円)
https://goo.gl/maps/ciq6SCirkqk
http://ec.midori-anzen.com/shop/g/g4068302180/
http://www.nikkenren.com/kenchiku/sekou/steel_frame_Q&A/B-6-2.pdf
> 東京都では鉄骨製作工場の表示板を掲示し、掲示看板の写真を提出するよう指導しています。
> 東京都防災・建築まちづくりセンター監修 建築工事施工計画書等の報告と建築材料試験の実務手引
千客万来…いえ、『駐車場棟』を鉄骨造(S造)で建て替えたり、ホームを拡幅しながら上空のほうなど駐車場や通路にされたり(いつかどこかで大宮駅新幹線ホーム上空っ)…うーん。想像は拡がります!(あくまで想像です。)
・さいたま市「JR大宮駅屋上駐車場のご案内」
http://www.citysaitama-parkinfo.jp/okuzyou.html
> ジェイアールバス関東株式会社が運営する駐車場は、JR大宮駅に一番近くにあり、付近では最大規模の駐車場です。
※「で、こちらはですね、あのー、計画が、えー、この、概要の図面のほう、ちょっとご覧いただきたい、あの、おもての1図というほう、ご覧いただきたいんですがぁ、えー、立鉄中付1号がですね、都市計画道のこの3・3・30号線に、えー、ちょうど、ぶつかって、いる計画になってございます。」([3347])も参照。
・[3347]
> 立川駅に地下ホームを新設するには、駅ビルや駐輪場の地下部分を大幅に解体しなければならないはずでもあり、その点からも、立川駅は地平ホームだけで今後もまかなう計画であるのかなぁ、と想像されます。(あくまで想像です。)
・Google ストリートビュー 「グランデュオ駐車場」付近
https://goo.gl/maps/i8uHBMstGwD2
※立川駅の南側は、この駐車場のビルがこのように(南武線の電留線として使われている線路ならびに南武線ホームをまたいで)建てられていることから、これで完成形なのだろうとの早合点にございます。
そうした周辺の状況も踏まえまして、立川駅でございます。
・ウィキペディア「立川駅」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E5%B7%9D%E9%A7%85#.E6.A7.8B.E5.86.85.E9.85.8D.E7.B7.9A.E5.9B.B3
新宿駅(※1)、三鷹駅(※2)の陣容と比べるとわかりやすいと思いますが、立川駅では、(特定の時間帯に限らず1日を通して)進路が入り組んでおります。
※1 快速電車のホームは上下それぞれ1面2線(計2面4線)で、平面交差なしで特急ホームを抱きこむ配線となっています。
※2 快速電車のホームが2面4線で、三鷹停車の特急も同じホームでの発着にございますが、早朝と深夜のみ入出区がございます(特急の回送を除く)。
立川駅では(南武線を除く)3面6線のうち、2・3・4・5番線から新宿方面、6・5・4番線から高尾方面、1・2(・3)番線から青梅線、4・5・6(・7・8)番線から青梅短絡線に進出が可能です。(一部、そういう向きには出発信号機が設置されていないルートも含めて記しています。)
仮に、現在、乗務員や清掃員などの通路となっている箇所を線路とすることが可能であれば、1番線から新宿方面への進出が可能になり、青梅線から直通の快速が1番線、高尾方面から直通の快速が2番線に入りつつ、「国立・西国分寺へは1番線・2番線」とのシンプルな案内が可能となってまいります。3番線には青梅線からの青梅特快と高尾方面からの中央特快、4番線には新宿方面から立川折り返しの快速…というような振り分けができるとわかります。
4・5番線から高尾方面への進出と、(5・)6番線から青梅短絡線への進出とが同時に行なえる(=新宿方面から直通の青梅行きと高尾行きが同時に発車できる!)よう、この箇所の線路(≒進路)を増やすことが可能であれば(※用地上は可能とみられます)、まさに段違いの増発が可能となってくることがわかります。
これは誰が考えても明らかなことでありながら、なぜ、これまで実施されずに来たかといえば、立川駅での進路制御が(中央線のATOS導入後も)かなり人手に頼ってきたところがあるからなのではないかなぁ、と、『曲げわっぱ!』([3392])のほうなど見上げながらのうのうと想像してみるところにございます。(まったくの想像です。)
・[3392]
> 立川駅の「ホーム系」の電光掲示板には時計が組み込まれず、あまつさえ…なんということでしょう! 階段上の電光掲示板の脇には、ずいぶん年代ものと思しき、『白地!(蛍光グリーンでない!)』の時計のほうなど未だに使われているではありませんか。この時計の親時計がどこにあるのかといって、きっとそこだけ1988年くらいの陣容のまま、名目的には「ATOS化!」されつつも、青梅線との関係で1988年くらいのまま、時間が止まっていたのではないでしょうか。
・[3389]
> 今後、▼中央・総武線では、山手線からの転属となる車両を活かしてのホームドア設置、▼中央快速線では12両化、それに▼立川市内での南武線・青梅線の立体交差化などの動きが続くとみられます。今回の改正には、目先の利便性だけでなく、車両の運用や工事の時間などを確保するねらいがありそうです。
※もうじきATACS([3103])で、「無線式ATS!」でなく本格的な導入となれば「SAINT」([3378])だろうとの空気も漂う中、…おお、立川駅では「もうじきATS-P」(1988年)から30年なんですねぇ。
この春のダイヤ改正では、青梅線、ひいては中央快速線と青梅線の直通については変更がなかったわけですが、拝島駅と立川駅の間で人的な何かを併用しての運行が続けられる限りは、大きな変更は望めず、他方、立川駅ひいては箱根ケ崎までの直通が云々されるときには、必然的に立川駅の進路もいよいよ改良されるのではないかなぁ、との淡い期待を抱くものであります。(あくまで期待は個人です。)
※立川駅はいみじくも「ATOS導入済み線区(システム化線区)」の駅ですが、かえって、かなり早期に電子連動化されたとみられるため、その後の標準的な何かに劣る運用(制約の多い運用)しかできていないというようなこともあるのではないかと邪推してみます。(邪推は個人です。)
・[3352]
> 1993年10月までにATS-Pを導入しながら、市川・新小岩・錦糸町はそのまま、船橋・津田沼・稲毛では「東海道型放送」だと早合点してみます。
> 電子連動化と「SN95」の前後関係がわかる資料はありませんが、こう、「SN95」といって簡易に列番や在線など取得できるためには、前もって電子連動化されていないといけないと推定されます。
資料があるのかないのかもわかりませんが、立川駅についても同じ理屈で推定ができそうだとの(中略)明かり区間と呼ばれる明るいところでのうのうとですね(略)お客さまお客さま(違)たいへんメッソウでございました。
> 列番表示器がマグサインに
マグサインでなければLEDだといって、201系の列番表示器を思い出してみようではありませんか。
・(個人のブログ)「マグサイン」のイメージです
http://mutetudou04120924.blog.fc2.com/blog-entry-175.html
http://blog-imgs-43.fc2.com/m/u/t/mutetudou04120924/20141019163132aaa.jpg
・(個人のページ)「201系」のイメージです
http://oer3264f.is-mine.net/201-1.htm
http://oer3264f.is-mine.net/DSC_01261.jpg
http://oer3264f.is-mine.net/DSC_01271.jpg
http://oer3264f.is-mine.net/201retu.htm
http://oer3264f.is-mine.net/P1002492.JPG
> 左上からATS-P表示機、(略)、停車駅誤通過防止装置ランプ、合図灯置き
> 停車駅誤通過防止装置です。
(線路そして連動駅での)ATS-Pの導入とともに車両も改造のうえ、ようやく「中央特快」ひいては「スーパーあずさの立川通過(⇒立川通過可能化によるスーパーあずさ設定の実現)」([3392])が実現したのだろうと、いま、立体的にわかってくるような錯覚にひたれるかもしれないと思いました。(あくまで錯覚です。)
・JR東日本 八王子支社「中央線まめ知識」
https://www.jreast.co.jp/HACHIOJI/chuousen/history_chu/h_08.html
> 1972年(昭和47年)
> 7月15日 中央線快速電車の運転時間を東京発下り23時まで拡大
> 12月28日 夜行の臨時特急電車「あずさ銀嶺」の運転を開始
※「ムーンライト」「シュプール」とともに、今でも「銀嶺」の『音片!』があったりして。(まったくの想像です。)
> 1993年(平成5年)
> 12月23日 新型特急電車E351系電車を年末年始輸送から速達「あずさ」に投入
> 12月1日 新宿駅発着の高尾以西への普通列車廃止
> 1994年(平成6年)
> 12月3日 新型特急電車E351系電車が「スーパーあずさ」として使用開始
> 4往復中2往復は、最高速度130km/hに向上し、新宿・松本間の最速列車の到達時分が2時間30分に短縮
> E電各線で土曜日を休日ダイヤで運転開始
※『長野県高速化!』ですね、わかります。
> 1995年(平成7年)
> 7月2日 東京駅中央線新高架ホーム使用開始
※このとき以来のLED発車標のほうなど、そろそろ何かですか的な何かのほうなど…ゲフンゲフン([3383])。やっぱり、停車駅のぺらぺら板はバリッとその場で無残に割られるのかなぁ。それとも、遠目には「1枚ぺら」に見えるのだけれど、その実、もともと何分割かに分かれているのかなぁ。(そこまで見えませーん。)
> 1996年(平成8年)
> 12月1日 平日の中央線快速電車運転時間帯を拡大
> 12月14日 ATOS(東京圏輸送管理システム)を中央線で試験使用開始
> 1998年(平成10年)
> 8月30日 国分寺駅折り返し設備新設に伴う線路切換工事を実施
> 12月8日 ダイヤ改正で中央快速線の列車本数を増発
> 1999年(平成11年)
> 3月9日 飯田町駅廃止
※飯田町駅が1999年まで存続していたことのほうが驚きかもですよ。(個人差がございます。)
> 2000年(平成12年)
> 3月30日 吉祥寺駅快速ホームを全面タイル化
> 4月24日 高尾〜大月間でATS−P形保安装置使用開始
この時点での、ATS-Pに対応した列番表示器にあって、…ぬおー。ここまで間近にまぢまぢと眺めたことってないんですけれども、これ、ふつーの砲弾型と呼ばれるLEDをぽちぽちと、自力で並べて4個ずつ点灯させる感じの、いたって電気な発想でつくられた装置(※)なんですねぇ。
※テレビのクイズ番組の電飾や「早押しボタン」など([3118],[3302])と同等のソレ、の意。
・歴史的「早押しボタン」のイメージです
http://www.e-tonya.jp/event/image/event13880_3_b.jpg
※「淡緑1号」([3117])で塗りさえすれば、鉄っぽくなりますぞ!
・「赤色回転灯」のイメージです(830円)
http://eleshop.jp/shop/g/gDBP412/
http://www.kyohritsu.jp/eclib/DIGIT/etc/redflasher.pdf
・「簡易防滴・防塵型プッシュスイッチ(黒) MS-650L-C-P-P/K」のイメージです(172円)
http://eleshop.jp/shop/g/gDA112C/
屋外のステージで「小雨決行」だっ。『ガワ!』([3106])としての「でっかいまんまるボタン!(キートップ)」のほうなどかぶせて西へ東へ…おっと、落とし穴だっ。(※演出はイメージです。)
・「小雨決行」
http://ejje.weblio.jp/content/%E5%B0%8F%E9%9B%A8%E6%B1%BA%E8%A1%8C
> canceled only in case of heavy rain
※ずぶ濡れの大雨じゃない限り中止しないよ! えーっ!!
・「早押し判定2キット HA-808」のイメージです(3,780円)
http://eleshop.jp/shop/g/g402242/
http://www.kyohritsu.jp/eclib/WONDERKIT/MANUAL/ha808.pdf
> PIC 16F886
※ま、いいんですけどぉ、PICを使ってもぉ([3106],[3233])。…ロジックICひいては継電器と呼ばれるリレーはたまた真空管だけでも組めるんじゃありませんこと?(見解には個人差および偏見がございます。)
・(個人のブログ)「さてコレで完成……ではなかった。」付近(2016年3月29日)
http://blog.livedoor.jp/hardyboy/archives/8405101.html
> 35年くらい前、ラジオの製作で見かけた74LS00一個による早押しゲームというのがあって、どんな回路だったか思い出せないでいた。おそらく基本はSRラッチで、早く押した方が確定したら自分はONのまま他方はONさせないんだろうなと考えてたら風呂で思いついた。
> さてコレで完成……ではなかった。
> 過去に見た早押し回路にはプルダウンはなかった記憶なので、74LS00を使うことにより電源投入後の状態がスイッチの入力待ちになることをアテにしていたのだろう。
いいですねぇ。…実にいいですねぇ。(恐縮です!)なお、「35年くらい前」は1980年代前半ですね。
・ルネサスエレクトロニクス「少し錆びたシーソー」のイメージです
https://www.renesas.com/ja-jp/support/technical-resources/engineer-school/digital-circuits-03-sequential-logic.html
・ウィキペディア「TTL」
https://ja.wikipedia.org/wiki/Transistor-transistor_logic
> 1990年代まで、多くのコンピュータはLSIの間をTTL互換ロジックで接続するという形で構成されていた。プログラマブルロジックデバイスなどが登場するまで、TTLに代表されるバイポーラ・ロジックICは開発中のマイクロアーキテクチャのプロトタイピングとエミュレーションに使われていた。
> 1965年から1990年にかけての多くの集積回路と同様にTTLデバイスはスルーホール実装用にパッケージされた14ピンから24ピンのDIPが一般的だった。
> 今ではTTL互換デバイスの多くは表面実装型のパッケージであり、様々な種類がある。
『趣味の電子工作!』などできなくなるのも時間の問題かなぁ(「2SC1815」[3299])と…ヤダー!(メッソウでした。)
・[3299]
> 雑誌を2冊くらい(それ以上たくさんは要らない&ぜんぶ覚えてしまうくらい何度も読むです)
「35年くらい前」の「ちょっと印象的な回路図」をそれとなく、それとなーく覚えているというのは、きっと、そういう感じに何度も何度も読んで(「本件回路!」を実際に製作することは当時なかったっぽくうかがわれますのでなおさら)覚えられたのだろうなぁ、との想像にございます。
・[3233]
> 戸塚工場(当時)の従業員における女性の比率など知りたくなってきます。(略)そういう製造工程の考察もなしに「漢」だなどと、とんでもない。
> 「なんでもPICで実現しようとしてしまうわれわれのほうがPICなのかもしれませんね」現象
一般的な知識などに照らしていろいろな想像をめぐらせることと、じゃあ(※)確かめればいいじゃんと『短らく!』することには、雲泥の何かがあるとの自覚にございます。
・東京都「「5300形電車の制御装置に係る回路図」を非開示とした決定は、妥当である。」より「本件回路図」の用例です(2014年9月)
http://www.metro.tokyo.jp/INET/KONDAN/2014/09/DATA/40o9b203.pdf
あくまで一般的な想像をめぐらすのが清く正しい何かであるとの…ぎゃふん。万一にも、開示請求の目的が「『実車』と完全に同じVVVF音を手元でぶいぶい鳴らしたい!」だったりしたら、笑うに笑えませんぞ。(あくまで想像です。)
・「500個入」のイメージです(1,900円)
http://akizukidenshi.com/catalog/g/gI-03874/
http://akizukidenshi.com/img/goods/4/I-03874.jpg
http://akizukidenshi.com/img/goods/2/I-03874.jpg
リレーがカチカチいいながら直流で(写真のように20mAほどじゃぶじゃぶと流して)点灯されていたとしても驚かれない気がしてきます。(不透明の幕を「裏面照射!」…蛍光灯で照らすのと同じくらいには明るいでしょうとも&詳細は不明です。)「むりっとガチャコンで7セグ!」([3233])も参照。
・YouTube 「おはようライナー」付近
https://youtu.be/GXPCVlswqGE?t=2m8s
うーん。方向幕にないということは『音片』もないのだろうとの推測にございます。本当でしょうか。
・ウィキペディア「ATS-P」(1986年)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%8B%95%E5%88%97%E8%BB%8A%E5%81%9C%E6%AD%A2%E8%A3%85%E7%BD%AE#.E9.96.8B.E7.99.BA.E5.BD.93.E5.88.9D.E3.81.AE.E7.B5.8C.E6.AD.B4
> 1986年(昭和61年)末
なるほど砲弾型のLEDをぽちぽち並べようという気概あふれる時代ですな的なナットクのほうなど(略)…ゲフンゲフン。
> **を**に後付けして列車の在線情報などを駅にある駅処理装置に**で伝送できるようにしたIII形、III形の**を**に内蔵したIV形、中継器を小型化してクロージャと呼ばれる接続容器に収容したIV形、中継器をさらに小型化して**に内蔵することで中継器の設置場所の制約を無くしたIV (N) 形、**と**を二重化して信頼性の向上を図り、**の**変更を内蔵された**ROMの交換する方式から、PCカードのケース内に二重系分の****を記録したROMカードを使用して、PCカード書き込み装置により**の変更を行う方式に変更したIV (W) 形、関連機器を**に集約して**の削減を行い、**と**の間の伝送を二重系とし、**の**機能を追加して、保全性・信頼性・施行性を向上させた****形、IV形・IV (N) 形と互換性があり、**のブロック構成によるブロック化や二重系化などを行ったV形がある。
これぜんぶ、地上側での改良ですね、わかります。単にデバイスを変えましたというのは、ウィキペディアで特筆するほどのことかなぁ、との疑念もよぎらないわけではないですが、うーん。「PCカード」については[3221]を参照して、どのくらいの時代のことであったかをなんとなく想像してみます。
・[3221]
> 仕様をみていきますと、おお、「メモリーカード」の抜き差しで音声を簡単に差し替えられる、また、メーカーとしても、音声を制作する部門と装置を製造する部門がエレガントに「分化」していったのだろうとうかがわれてきます。
> 1985年ごろの「マイコン!」とも「スーパーパソコン!!」ともつかないあたりでは、機種やメーカーによっては、ヒューズがついていたはずです。
「昔ながらのヒューズ!」がいつまでついていたかというのも、すとーんとすとすとまいる! 一種『メルクマールとかいうやつ!』になりそうですよ。
・(個人のブログ)「メルクマールって何だ」(2008年9月18日)
http://antonin.exblog.jp/9527641/
「わからないので調べた」というテイを装いながら、ぜんぶ最初から承知のうえで書かれたっぽい記事だとの印象が拭えないのであります。…ギクッ。
・「ていをよそおう」
http://www.weblio.jp/content/%E3%81%82%E3%81%96%E3%81%A8%E3%81%84
> 計算ずくで行われている趣のある
> ある種の感情を煽る
…じゃなくて。
・「ていをよそおう」
http://www.weblio.jp/content/%E3%81%82%E3%81%96%E3%81%AA%E3%81%88%E3%82%8B%E7%B8%84%E3%81%AE%E3%81%94%E3%81%A8%E3%81%97
> あたかも拠り合わせて作られた縄のように、一にして分かち難い様子。
…これでもなくて。
・「ていをよそおう」
http://www.weblio.jp/content/%E3%81%BB%E3%81%86%E3%81%BC%E3%81%86%E3%81%AE%E4%BD%93
http://www.weblio.jp/content/%E8%A3%85%E3%81%86
http://www.weblio.jp/content/%E4%BD%93%E3%82%88%E3%81%8F
> ひどい目に遭うなどして、やっとのことで逃げ出す様子
> 体裁よく。外面的に取り繕うさま
> 飾りととのえる。
> いかにもそうであるかのように見せかける。
「ていたらく!」と同じで、「○○のていをよそおう」と書かないと意味をなさないとわかりつつ、もはや「ていをよそおう」だけで「あざとい」の意味があると思われていませんか?
・(個人のサイト)「川重で新製された中央・総武緩行線向け201系の試運転」とのイメージです(1984年3月13日)
http://www.kanorail.com/201/201kei_840313_9934M_36-6.jpg
列番表示器が幕式であることが確認できます。
・同(1987年3月30日)
http://www.kanorail.com/201/201kei_870330_145-11.jpg
https://goo.gl/maps/Ck3oYe2c5do
https://goo.gl/maps/mMfg8piaCLz
https://goo.gl/maps/5e2suyHmSpH2
緩行線の機器箱みたいなのを「ヘルメット姿!」みたいなひとが眺めておられます。(恐縮です。)
・同「中野電車区」とのイメージです(1988年4月2日)
http://www.kanorail.com/201/201kei_880402nakano_155-02.jpg
(イベントで)4編成も並べられて、いずれも幕式であれば、きっとほとんどの編成が幕式であったのだろうと見受けられます。本当でしょうか。
・ウィキペディア「国鉄203系電車」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%84203%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A
このあたりの境目の時期の車両にあっては「国鉄」であるかどうかというのは、ちょっと大事な着目点になると思いますんで、「国鉄」というのも省略しないでおこうと、こういうわけです。
> 保安装置としてATS-S形およびATC-4A形(廃車時はATS-SN形およびATC-10形)を搭載しているほか、列車無線装置として、営団線用の誘導無線、国鉄線用の空間波無線を装備している。
> 1984年(昭和59年)2月から3月にかけて製造された量産1次車
> 1985年3月から翌1986年3月にかけて製造された量産2次車では下記のような設計変更が実施され、100番台へと区分されている。
> 205系で初採用した仕様を反映したものである。
・ウィキペディア「203系100番台の新製回送」のイメージです
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/16/JNR_203_running_Yokosuka_line.jpg/1280px-JNR_203_running_Yokosuka_line.jpg
この「203系100番台」でも、新製時には列番表示器が幕式であったかのように見えますが、はっきりとは確認できません。(恐縮です。)
・(個人のブログ)「203系のデビュー当時」とのイメージです
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/67/a0b3891e01d8c857ca373f3fd98668b3.jpg
これはもうはっきり幕式なのですよ。(棒読み)
・ウィキペディア「国鉄205系電車」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%84205%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/thumb/3/3e/JR-East_205-0_Tc204-20_Controler.jpg/1280px-JR-East_205-0_Tc204-20_Controler.jpg
> 1984年(昭和59年)6月末に次期近郊形車両用のシステムを使用した通勤形車両として本系列の製造が決定された。乗務員訓練時期を含めたダイヤ改正の前に落成する必要性から、翌1985年1月末に第1編成の落成が決定され、デビューまでわずか7か月という非常に短期間で設計・製造が進められた。
> 分割・民営化後は行先表示器・運行番号表示器・尾灯・車側灯がLED化されるようになったが、電球のままの車両も存在する。
> 0番台量産先行車
> 1984年度(初回)に製造された量産先行車で、10両編成4本が該当する。
> なお、先頭車の運行番号表示器は当初巻き取り式であったが、1995年に後述の0番台量産車とともにLED式に換装されている。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/6/6d/JRE-EC205-1.jpg
このときの「LED式」というのは、橙色のマトリックスでフォントっぽく数字や文字が表示されるソレのことをいっているようですね。201系の緑色の砲弾型LEDをぽちぽち、よりも、うんと新しい話でございます。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/15/JRE_205-KeiyouLine_Commuter_Special_Rapid.jpg
そして、「全線でATS-P」の京葉線の205系の列番表示器が幕式であったとのソレがわかります。
・「103系」のイメージです
http://rail.hobidas.com/blog/rmm/archives/kuha103-thumb.jpg
おおーぽちぽち。
・(個人のブログ)「101系」のイメージです
http://tetsudo-densetsu.sakura.ne.jp/sblo_files/tetsudo-blog/image/05.jpg
おおー…幕式にあっては「消灯!(無表示!)」という意味で、ある列番での行路が終了したら、あえて白目をむかせておく…いえ、次の行路の人が必ず正しく設定するよう促していたのかなぁ。(まったくの想像です。)
「全線でATS-P」の京葉線で、列番表示器が幕式であっては困るのではないかと思いかけますが、おお、列番表示器が3ケタである限り、列番表示器の設定を触る必要があるのは、その日に初めて出区してくるときだけかなぁといって、なるほど、そういう面からも、京葉線の快速は「快速列車」なのだなぁ(折り返しで種別が変わったりはしないのだなぁ=当時)、との感慨のほうなど…えっ? そんなの感慨じゃないやいですって? ごもっともごもっとも。
通過待ちを行なう駅(の前後)では、車上と地上の間で確実に列番の授受ができなければならず、「中央特快」などの運行を目指した中央線にあっては、列番表示器が幕式ではいけないとの必然性があろうかと想像するところにございます。
※総武快速線の市川駅はどうなんだといって、うーん。「北総」と呼ばれたCTCは「博多開業」より前の世代のCTCですから、CTCには列番など表示されなかったのではないですかねぇ。(まったく推測です。)
・[3397]
> 列番が『7セグ!』で表示できたりする時代のCTCなら、風速も『7セグ!』で表示できそうだとの決めつけにございます。
> おおー! 1972年「東京地下駅」から1975年「博多開業」([3208])あたりでしょうかねぇ。湘南モノレールの開業より後の時代の話だとわかります。
> さすがにICを使う(ことが迫られる)時代にならないと『7セグ!』も使われないですよねぇ。
・[3103] ATS-Pの導入をふり返る
> 1988年12月5日 東中野駅で追突事故、ATS-P導入前倒しへ
> 中央線(快速) 東京−高尾間(1990年3月25日:東京−中野間)
> 中央・総武線(各駅停車) 三鷹−千葉間(1990年3月25日:中野−御茶ノ水−千葉間)
> 常磐線(快速) 上野−土浦間(1988年?)
常磐快速線の103系と中央特快が1988年で京葉線と同時のソレ、中央・総武線の全線は1990年3月で、こちらも「京葉都心線」と(ほぼ)同時のソレ、との理解に至ります。
国分寺駅の2面4線化と同じ1988年に、立川駅でも連動装置が改修され(⇒そのため駅の改修もこの時期にあわせて行なわれ)、「中央特快」の運転に資する合理化のほう(国分寺の進路制御も立川駅から行なっているのではないか、立川駅で、武蔵小金井駅の場外から西側の在線が見えるのではないか=1988年から)など行なわれたのではないかと推測してみます。
中央線でのATS-Pの導入を控え、まず、連動駅の装置が先にATS-Pに対応していなければならないという順序関係からも、1988年の時点で、国分寺・立川では京葉線(新木場までの開業時)と同じ世代の装置が構築されたはずだと外形的に決めつけるものであります。(あくまで時期だけを見ての決めつけです。)
・[3296]
> 『「新形でない」電子連動装置』がいかなるものであるのかわからずにいたのですが、なるほど、継電連動装置を扱ってきた技術者が従来通り作業できるよう、インターフェースを「結線入力式」としてある(初期の?)電子連動装置があるんですね。
・[2930]
> 「電子連動装置スマイル」
> > 1985年3月10日に電子連動1号機が京浜東北線東神奈川駅で実用化されました。
ATS-P(「H-ATS」)の開発とも整合がとられながら、きたるべき情報化時代というものをだなぁ的なソレがシノバレそうでした。(感想です!)
・(個人のブログ)「特別快速」のイメージです(1973年)
http://blog.railmec.info/?p=4035
http://blog.railmec.info/wordpress/wp-content/uploads/2013/08/19730505C07.jpg
http://blog.railmec.info/wordpress/wp-content/uploads/2013/08/19730505C08.jpg
http://blog.railmec.info/wordpress/wp-content/uploads/2013/08/19730505C04.jpg
> ヘッドマークは中央部で左右に折れるフリップ式で,「快速」⇔「かいじ」の変換が自由自在.
へー!! そういうしかけだったんですね! でも、この時点での「特別快速」は、出区時に「特別快速」のヘッドマークを付けたらそれっきり、という運用だったのではないでしょうか。当時の時刻表をお持ちのかた、ぜひ調べてみてくださいオネガイシマス!
・(個人のブログ)同じ意味での「快速」のイメージです(撮影年月不明)
http://b767-281.cocolog-nifty.com/blog/images/2014/04/01/101.jpg
http://b767-281.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/1018-eecb.html
> 南武線における101系の運用開始は1969年12月15日の快速運転開始で、日中60分間隔での運転でしたが、車両は武蔵小金井区からの借り入れでした。
> それまで活躍していた旧形国電
車両と種別が固定の対応であったとわかります。ひいては『冷房!』の有無のほうなど…わあぃ扇風機。***扇風機**き。冷房を全編成に備えるには、変電所での対応も必要なのではないかといってですね(略)電化からン年目の更新にあわせて、といった「(名状しがたい)電気なタイムライン!(のようなもの)」とも整合させながらの「冷房化は30年!」([3011],[3062]など)だったのだろうと早合点してみようではありませんか。(あくまで早合点です。)
・(個人のブログ)「ATS-P導入前の総武線」のイメージです(1989年)
http://himitsu86.blogspot.jp/2009/10/1_21.html
http://3.bp.blogspot.com/_9EjWwgHTahU/S8BKjdaz7YI/AAAAAAAAXpQ/3-c_9IQ9E2A/s1600/sobu101_03_89n.jpg
> 101系「ニッセイわかば号」(市川・1989)
> この列車で注目すべき点は快速線を走ったこと。たしか千葉以東からの運転だったと思う。運転台窓下のフタからは急ごしらえの配線が施されている。
201系の「JRマーク」が、こう、2年前につけたばかりであるかのようにキレイに白いですねぇ。…じゃなくて、ぬおー(略)レッツ可搬式っ。市川駅に停車するためには可搬式の何かを設置せねばなるまいて、ということは、その後の(総武快速線での)ATS-Pの導入に備えて、(総武快速線の)市川駅などポイントのある駅の構内の地上装置で先行して何か対応のほうなどされつつ、1989年にあって、既にしかるべき保安装置に列番を正しく設定しておかなければ市川駅は通過しかできなかった(ホームに停車させるため分岐側に開通するという進路制御にあって列番を照合していた)のではないかとの邪推にございます!(きわめて邪推です。)
※この列車は、市川から乗車される団体臨時列車であったらしいとの記述が散見されます。
・Google ストリートビュー 「デイリーヤマザキ本部」ほか付近
https://goo.gl/maps/jFxTJL9sYBy
https://goo.gl/maps/K2KPjhNQPet
ぬおー…(略)「デイリーヤマザキ」さんの配送便のときだけ「デイリーヤマザキ」と書かれたマークのほうなど掲出していそうな気配の漂う『白トラック!(違!)』…じゃなくて、市川駅前には「ニッセイ市川ビル」がございます。(あくまで建物の名称でございます!)まあ、総武線の快速停車駅の駅前にはもれなくあるんではないんでしょうかというくらい、どこにでもあるわけではございます。
※こう、建てられた時期があまりにも同じですと、一斉に建て替えとなってですね(略)…ゲフンゲフン。
・(個人のブログ)「札式」のイメージです
http://mc10346.blog60.fc2.com/category8-3.html
http://blog-imgs-45.fc2.com/m/c/1/mc10346/DSCF4128.jpg
…なんと。東京地下駅にATCつきで乗り入れつつも、表示器としては札式であったということがわかります。そもそも、ATS-P導入前の「総武快速線(地上区間)」の保安装置(ただしポイントのある駅の構内に限る)といって、そこからしてよくわからないのですよ。(たいへんメッソウな想像でございました。)
・「列車の安全運行を支える情報伝送」鉄道総合技術研究所(2010年2月)
http://bunken.rtri.or.jp/PDF/cdroms1/0004/2010/0004005190.pdf
> (略)の大都市通勤圏線区には,デジタル情報を伝送するATSが導入されています。
> 車上子から地上子への情報伝送機能も持っており,(略)列車番号等を伝送しています。
※従来のATCから「D-ATC」への切り替えにかかる開発事例について紹介したIPA(情報処理推進機構)の記事を[3204]で参照しています。
・YouTube 西の「大都市通勤圏線区」のイメージです
https://www.youtube.com/watch?v=5QwWsKkTTzQ
おおー、ペットボトルくらいの大きさのソレで、1か所では長くても1分くらいしか撮影なさってないでしょ(※時計を除く)と想像してみます。
・YouTube 伊豆急行線(2014年8月)
https://www.youtube.com/watch?v=1dCWbUU6t1E
https://youtu.be/6mg-hKF6zfE?t=1m21s
・Google ストリートビュー 「伊豆急行線」「伊東線」付近
https://goo.gl/maps/o7uf9tznJQo
https://goo.gl/maps/2VBynVi25362
CTCあってこその運行であると実感されましょう。
| |