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(約16000字)
[4996]に関する断片的な補足です。記事としてのまとまりはありませんのでご注意ください。過度な期待はしないでください。次の電車をご利用ください。(※注意喚起のぜんぶのせ)
・[3897]
> > おすすめの用語
> > 4トンダンプ
> がびーん。(※運勢のわるいくじを引いたみたいな顔で!)
・[4334]
> > ARX初薫り山車万葉(74307)
> なんか風流なことを言ってそうで言ってない。
> > ARX初薫り山車万葉だから、
> > インストール不要で、すぐ使えます。
> もはや意味不明である。自動とかランダムというものは、得てしてそういうものよ。
・(♪〜)
https://tamaranzaka.net/wp-content/uploads/2023/03/23032.jpg
https://www.ktr.mlit.go.jp/arajo/live/camera29.html
https://www.ktr.mlit.go.jp/arajo/realtime/cam/cam29.jpg
https://youtu.be/lE3NqlA7x2g
※映像は武蔵野線の荒川橋りょうです。
・かわ知り「荒ぶる川」
https://www.nhk.or.jp/shutoken/shutobo/20210804/img/thumb.jpg
> “荒ぶる川”
どーん。(※効果音)
・[4996]
> 「柳川」と表記してある付近で、湿地とも川の河口とも海面ともつかない絶妙に微妙で帰属がもめそうなところ(※言いかた)をいきなり横切るすごい橋りょうがどーんと造られるけれどほったらかしなんですよ。…そこがいいんですよ!
> 万一にも工事が遅れたら1年単位で遅れるんですから、このくらいのマージンは必要なんです。これを橋りょうといいます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E8%94%B5%E9%87%8E%E7%B7%9A
> 武蔵野線は、山手貨物線を代替する「東京外環貨物線」として計画され、1927年の鉄道敷設法に取り入れられていたが、第二次世界大戦などの影響で計画は凍結された。戦後になり山手貨物線の貨物列車本数が増加したことから、1952年に首都外郭環状線の一環として所沢 - 浦和 - 流山 - 我孫子間の路線が埼玉県より申請され、1957年に鉄道建設審議会で玉葉線(ぎょくようせん)として建設が決定され、1964年にD線と通称される大都市交通線として日本鉄道建設公団によって着工した。
https://pbs.twimg.com/media/FsgXHXMaEAASdda.png
https://matsudostyle.com/wp-content/uploads/2022/04/956AF779-C6F1-43C1-AECD-AB723889EC6F.jpeg
https://train.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/20050304-04.jpg
https://miyayume.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/230401musashino03.jpg
> 1973年4月1日に府中本町駅 - 新松戸駅間・与野駅 - 西浦和駅間などが開業し、旅客線および貨物線の営業を開始した。開業当初は貨物列車の合間の住民への見返り運転であり、昼間は40分間隔、ラッシュ時でも15 - 20分間隔での運転だった。
「見返り」の旅客化などする予定がなく純然たる貨物線としてもっと早く開業する予定だったが1969年くらいからいろいろな反対運動が激化して「見返り」が必要になり、旅客駅を間に合わせでつくりつつ、1972年にはオイルショックを迎えると。(※倒置法)いずれにしても橋りょうは必ず役に立つし橋りょうの完成が遅れてほかのことが遅れてはならない。ほったらかしは必要である。(※個人の感想です。)
> 1964年(昭和39年)4月:武蔵野線の基本計画が提示され、運輸大臣が日本鉄道建設公団に建設を指示。
東海道新幹線の開業より前に武蔵野線の基本計画は実施に移されたのである。(※プロジェクトなんとかみたいなナレーションで!)
> 全線が1970年代の開業であり、踏切はなくカーブ半径も大きめに設計されている。貨物線として計画されたため、府中本町駅と西浦和駅ではポイント通過の際に旅客列車側に速度制限がかかる。
旅客化というものが、どの時点で、何者の権限によって盛り込まれたのかが明確には説明されていないウィキペディアであったー。(※ジト目)
・[4336]
> 「東成田線」([3183],[3227])。開業が遅れたけれど完成はしていたんですね。「東成田線」。
・[3248]
> 1970年に大阪万博で試作、1971年に東成田線に採用(しかし開業が延期に)
・[3183]
> 早すぎた「東成田線」を読み解く
> 「東成田駅」は1972年竣工
> > 昭和53年5月20日に開港のはこびとなった。京成空港新線も翌5月21日にやっと開業され、長年の夢がやっと叶えられた思いである。
昭和53年は1978年です。この遅れが京成電鉄という会社の体力をかなり削いでしまった。そんなことを本当に住民が望むというのか。(※意見です。)
・[3221]
> > 自動案内放送システムの先駆け
> > 1971年(昭和46年)に京成電鉄成田駅、翌1972年には南海電鉄和歌山市駅に「自動案内放送システム」を相次いで採用いただきました。1975年の南海電鉄最大のターミナル駅である難波駅へのシステム開発をきっかけに、音声ファイルの開発をスタート。「自動案内放送システム」は鉄道や空港などに採用され続け、交通施設市場への展開の先駆けとなりました。
> 「成田空港駅」としては開業が遅れた(1978年)ので「成田駅」だけでの「導入事例」と記されるわけですが、その実、「東成田線」にかかるシステムの整備だと読み解かれましょう。万博のモノレール(1970年)の次が京成で「私鉄初!」「(モノレールを除く)鉄道初!」だとわかります。
・「路線図の描き方(作り方)」
https://arx.neorail.jp/area/
> 「A列車で行こう9」には「列車リスト」の機能として「グループ色」があります。この機能を紹介する「公式マスターズガイド」では「ラインカラー」(109ページ)とも呼ばれています。なぜかJRではなく「東京の地下鉄」を例に「銀座線はオレンジ」「東西線はスカイブルー」などと唐突に色名を2つだけ挙げたあと、これまたなぜか本文とはまったく関係なく『緑の東西線』『赤い南北線』『青い郊外線』『黄色い北端電鉄線』を図示した「路線図」が掲載されています。冒頭で紹介した「情報デザイン入門」のほかに赤瀬達三「カラー新書 駅をデザインする」(ちくま新書)を読むとよいでしょう。札幌五輪に向けて「国際化」を目指したもので、案内を日本語に頼らない、表示をなるべく諸外国と同じようにするというのが基軸になっていました。札幌の電車や空港はともかく、諸外国とは比べものにならない複雑さの東京の電車をわかりやすくするというのは、諸外国を探してもお手本のない、東京ならではの問題だったわけです。
・(♪〜)
https://img.aucfree.com/m287784791.1.jpg
> オレンジのダンシング
稲毛駅に「みどりの窓口」があったころ(※超昔話)、その手前のちょっと広いところに不定期に(?)ワゴンが出て、しょーもないカセットテープを格安で売ってるの。駅が高架になる前に商売してた人に一代限りで認められていた何か。たぶんですけどね。(※音声を変えています。)
・(2022年8月8日)
https://pbs.twimg.com/media/FZoW0WOVsAABp2D.png
https://twitter.com/machikado_staff/status/1556581712267644934
> ハッサクは8月1日ごろに食べられるようになったため、この名前が付いたそうです。
https://www.tbs.co.jp/anime/machikado/news/img/news20221103_01.jpg
https://pbs.twimg.com/media/EKpODXzVAAAkq1F.png
しばらくお待ちください。一般のお客さまは時間外通用口を探そうとしないでください。…しないよっ!?(※真っ赤)
・SSL証明書を使用して下しあ!(※断末魔)
http://moco-blog.com/wp-content/uploads/2012/01/IMG_1835.jpg
いまにいたってSSL証明書を使ってないサイトがこのさきSSL証明書を使うとも思えん。それはそれとして、こういうカセットテープがワゴンにじゃらっと並んだのを指で斜めになぞると(…じゃっ、らーん♪)「A列車で行こう」シリーズのゲーム名(シナリオのタイトル)や「幕張恋しぐれ」「稲毛屋の六角もなか」ができてくる。株式会社アートディンクは、そのくらい昭和時代の会社だってことです。現代っ子よ、この昭和時代に耐える必要などない。現代っ子とは、年齢や年代をいうものにあらず。じぶんの時代はじぶんでつくるという気概があれば何歳でも何年生まれでも現代っ子だ。具体的にいえば、野球よりサッカーがいいと、はっきり言っていいんです。(※見解です。)
・[4377]
> 客を過度に子ども扱いしたり、消費者の尊厳を踏みにじることにもなりかねないようなかたちで過度に手のひらの上で踊らせるようなことをする、そこに確かな倫理観があると胸を張れますか。
・[3811]
> 子どもは子どもだけで遊んでろ&子どもらしくしろ&大人の会話に口を挟むんじゃない!
> 子どもは子どもだけで遊んでろ&子どもらしくしろ&大人の会話に口を挟むんじゃない!
・[3803]
> よかれと思って
> 子どもだまし
> いつまでも初心者のままにされる(口を開けて次回作を待つ上客にされる)
・[3665]
> 大人とまっとうに接する機会が乏しく年上の兄弟に世話されるような状況であれば、大人になってもひとを人数で数え、大人が子どもを大人扱いしながら何かを丁寧に教えるということの重みをわからないままでいる(先生がいてもいなくてもじぶんで勉強してきたと思いこまれる)ように見受けられましょう。
・(5月5日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230505/k10014057741000.html
> 日本財団が子どもや若者1万人に調査したところ、国に求める取り組みとして、大学までの教育無償化を挙げた回答が4割に上りました。
> 一方、子どもの意見の尊重などを定める「こども基本法」を「聞いたことがない」という回答は6割に上り、子どもに関わる法律の理念の周知が課題となっています。
> 日本財団の****公益事業部長は「自由記述からは、親の経済状況で希望する教育を受けることをためらう現実も見えたので、国は子どもには意見を尊重される権利があることを周知するとともに、具体的な対策を検討すべきだ」と指摘しています。
・[4317]
> 本件ゲームこと「A列車で行こう」シリーズというのは、本質的には大学生や、大学に進学するであろう高校生こそがメインのターゲットであるはずで、要するに大学生だという前提に立ってよい内容であるのに、変な感じに客を子ども扱いするというか、せいぜい(進路は不問で)高校生を挙げてみせるというところに留まっている。…作り手が大学生というものをよくわかっていないから!
・[4623]
> > どうして,日本では,学生を子ども扱いして自分で自分の研究の管理をさせず,指導教員が学生の研究に全責任を負うような気分になっているのだろう。
いくら「無償」になっても、大学そのものが貧しい状況のままではにんともかんともである。
・[3811]
> > その女性にとっては
> > 管理職・人事担当の立場の方には
> そういうふうに対象を限る書きかたをすると「じぶんには関係ない」と無意識のうちに思って(=「無意識」なので「思って」はいないけれど=)無視する人が出る。見れども見えず、聞けども聞こえず、読めども読めずとはこのことだよ。…それを「無意識」という。
> 深刻さが顕在化しないからというか、するほどでもないということもあるでしょうが、「子ども扱い」にも同じことが言えるんですよ。その昔(※かなり昔)、子どものときに「子ども扱い」された人(※子どもは子どもだけで遊んでろ&子どもらしくしろ&大人の会話に口を挟むんじゃない!、みたいなもの=言動が丁寧でも、その扱いそのものに問題がある場合がある=)が大人になって子どもを「子ども扱い」する。何がいけないのか(※その態度によって奪われるものがあると)もわかっていない。…なんだかなぁ。なかなか例えようがないのですが、仮には翻訳文学の類で親や年長者が子どもをフルネームで呼んで何かを言って聞かせる場面あるでしょ。ああいう扱いは「子ども扱い」ではなく「人として」接する態度だと思う。(※意見です。)
> > あなたはどう感じますか?
> > あなたはどう感じますか?
> じぶんを基準にさせてはいけない。
> 「フィンランドならアウト」という表現をしていてはいけない、「アウト」かどうか(だめといわれるからやらない=だめかどうかを他人に決めてもらう⇒なんでもだめだめといってけちだなぁみたいな態度)じゃなくて、そもそもそんなことはしない(意味がない・合理的じゃない・もっといい方法がある・より合理的な方法を追求するのがじぶんの仕事だ)んだという、そういう感覚を身につけていない者に何か(仕事)を好き勝手にさせることがあってはならないという資格観のような話につなげないとですよ。何かに「意味がない」ということを理解できるようになるまでちゃんと勉強したという、それは勉強によって身につける態度ではありませんか。あるいは人口密度だ。…人口密度ねぇ。
・見返りナントカ(違)
https://www.treasure-f.com/smartphone/images/blog/409/201901272112161.jpg
https://hokomaku.net/photo/img/p_tkk/tokyu-7000-yukigayaotsuka-1.jpg
https://auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/dr000/auc0401/users/5d521bad4ee981907346786a3267cf579a9c19af/i-img640x480-16736027801pe1xh419.jpg
https://auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/dr000/auc0310/users/043dc93cb9bf6cd34121aecfac6c36be2b7e4555/i-img1200x1200-1665065492wlyctp134547.jpg
曜日と時間でピンときてほしいのだが、いわゆる「まるこ」前夜である。…エッ!?(※思わずカタカナで絶句)えー「hokomaku.net」さん「hokomaku.net」さん(ばりっ)SSL証明書の期限切れにご注意ください。まさか「Let's Encrypt」を手動で更新してたりしませんよね。えー…(てんてんてん)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%B8%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E7%B3%BB%E5%88%97%E6%97%A5%E6%9B%9C%E5%A4%95%E6%96%B96%E6%99%82%E5%8F%B0%E6%9E%A0%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1
> この間アニメ中断。スポーツ情報番組『サントリー スポーツ天国』
https://news.ntv.co.jp/gimage/n24/articles/d6647198eaf649b192d14e4050bd0d00/d06974c3-026a-4781-a908-fe67700beede.jpg
まさに「オレンジのダンシング」であり『サントリー スポーツ天国』である。○か×か。▼サントリー「ゲーターレード」からの「シニカルでグロテスクでコミカルな「アンチ・アンチ・オペラ」」については[4703]を参照してサントリーのこと。(※ジト目)
> 1986年の『あんみつ姫』で3年半ぶりにアニメ枠が復活。1990年からは『ちびまる子ちゃん』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%B8%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E5%9C%9F%E6%9B%9C%E5%A4%95%E6%96%B96%E6%99%82%E5%8F%B0%E6%9E%A0%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1
> 国際映画社制作『めちゃっこドタコン』で再開、少女アニメを放送してもヒットせず
「東映動画」が「いちぬけたー」的な(げふふふん)全自動紙芝居機©「国際映画社」完全にだめ(げふふふん)「東京ムービー新社」「日本アニメーション」「土田プロダクション」をとっかえひっかえ。曜日は異なるけれど、この苦い下敷きあっての「まるこ」である。(※あの人のナレーションみたいに棒読み)
https://stat.ameba.jp/user_images/20201230/07/sb6157/d9/0d/j/o3000200014873995172.jpg
「まるこ」ですがなにか。(※ひらがな)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AA%E3%81%AA%E3%81%93SOS
> 「山手線グループ」
> 五反田
> 駒込
> 「常磐線グループ」
> 松戸
> 「鹿児島本線グループ」
> 小倉
> エンディング映像の歩くななこは、スタート当初は動画の乱れのため妙な早歩きだった。しかし後に修正され、『星空ノクターン』の曲調に合わせたゆっくりとした歩く動きになった。
> 現像 - 東映化学
ビデオとCGの時代を迎えていれば、もうちょっとはマシになっていたんじゃ&なんでもございません。(※小声で大声)
> コマンド入力形式のアドベンチャーゲーム
> 入力は「ななこ言葉」に対応
ぐふっ。
> 富士通パレックスとファミリーソフト
> カードバトルゲーム
> 初回特典として、原画イラストカードが
> ビジュアルシーンはフルボイス対応。
だとうNECいんたーちゃねる(※ひらがな)的な。
・[4981]
> 「NECインターチャネル」超ゆりかご説。
https://i.ytimg.com/vi/kGk3P74u0fY/maxresdefault.jpg
カバーでよみがえる「ななこ」どことなくNECインターチャネルちっくな絵柄なのがパンチきいてます。(棒読み)
・[3495]
> 日本国内としては、ドゴール空港が1974年に開港したのとたいして変わらず、成田空港や(現在の)東成田線がだいたい完成([3183],[3221])しているんですけれども、そういう文脈で空港施設のデザインなど冷静に考察できるという情勢になかったというのが、当時の日本なのであります。
同じ年代に同じ理由でね。東成田線のほったらかしは7年にも及んでね。(ねちねち)
https://thesaurus.weblio.jp/content/%E3%81%AA%E3%81%B6%E3%82%8A%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AB%E3%81%99%E3%82%8B
成田空港だけでなく京成電鉄をもなぶりものにしたということを『住民』はわかっていない。まったくもって千葉のためにならないことをしでかしてくれやがったですとしかいえません。成田空港が予定通りに開港していれば京成電鉄にはとてつもない体力が備わり、千葉都市モノレールといった中途半端なものでなく京成電鉄によるBRTやLRTもしくは地下鉄が実現されていたかもしれない。影響は甚大です。(※見解です。)
・[3725]
> > 「津田沼サンペデック」とは、1978年10月に竣工した、2つの商業施設とホール(習志野文化ホール)が一体となった大規模商業施設。今回NREIM社が日本生命(相)から施設の区分所有権を取得
> 建物を解体する時期(2025年か)が来れば、この土地を使って新京成と京成の境界駅となる地下駅みたいなのを京成側が持つみたいな計画([3344],[3503])って、ないのかしら。車両はすでに「A-A基準」で辰巳台や西広や海士有木が地下駅になってもだいじょーぶ(諸事情により略)
そんなこんなでも(しばらくお待ちください)どうにかこうにかタフでしぶとい京成電鉄。(※七五調)ましてや新京成電鉄をや。(※反語)
> なるほど新京成から前面に扉のない車両が2025年までに全廃されるんですね、わかります。近年の新京成の新型車両はぜんぶ地下鉄を走れるという理解でよろしかったでしょうか&しつれいしました。
・[4774]
> ちばレインボーバス(ひゃっほう!!!)
・[4843]
> しんけいせいひゃっほう!!!(※謎のテンション)
https://www.poplar.co.jp/img/cms/book/original/978-4-591-14976-8.jpg
https://pbs.twimg.com/media/FkFewfIUUAEiQQQ.png
・…あいだをとって、「新京成バスに乗るっ」なのです
https://www.shinkeisei.co.jp/official/wp-content/uploads/2021/03/bus_slider03.jpg
https://akaden.org/wp-content/uploads/160301_fig1.png
https://www.shinkeisei.co.jp/official/wp-content/uploads/img/bus/shinkeisei_bus_route_map.jpg
「線形が悪い」というのは局所的なことであって、大きな目で見れば決して不利なルートというわけではないのが新京成線であった。(※大きな目)
※本文とは無関係です。
・[4562]
> 地下区間もないし地下鉄との直通もない新京成の車両がぜんぶ京成と同じ地下鉄OKな電車にそろう
http://ksweb.org/etc/202207/e002394.php
> 「編成車両数を変更できる新形式車両(3200形)の導入」
うーん。
> 4両と6両、8両という異なる長さの編成を運用する京成
https://travellifenews.jp/wp-content/uploads/2021/12/takasago-norikae.jpg
https://rainbow-line.way-nifty.com/railfan/images/IMG_1461.JPG
https://youtu.be/IzjGokBUxTw
…うーん! 「2両編成」にも需要があるといいます。ブツ。近鉄化する京成。(※体言止め)
https://trafficnews.jp/post/124217
https://contents.trafficnews.jp/post_image/000/181/694/large_1001.jpg
> 幕張メッセや千葉マリンスタジアムがある「幕張新都心」へ、かつて千葉駅方面から直結する鉄道の計画がありました。どんな計画で、なぜ実現しなかったのでしょうか。
> JR・京成の幕張本郷駅前から海浜幕張駅、幕張新都心方面に日中5分間隔という高頻度でバスが設定され
これ(と、稲毛駅−稲毛海岸駅間)、BRTと名乗っていないけれどBRTの元祖みたいなものなんですよ。既存の道路をなんとなく走るのでなく、バスを通すために道路を最適化してある。稲毛ではほぼ専用といえる陸橋まである。これをBRTだと理解したほうが話が早い。幕張のほうでは、微妙に迂回して大きなカーブが長く続く“変な道路!”が、うまい具合に一般車から敬遠されて連接バスがスムーズに通れる。カーナビで最短路を探したときに候補にならないような道路をわざと造る。(キリッ
※BRTの専用道を造りますというと手続きが煩雑になりすぎるから、あくまで一般道を造る手続きの中で、最大限に一般車への嫌がらせをする。うまー。(※個人の感想です。)
> 計画策定後に判明した誤算もありました。千葉都市モノレールは急曲線、急勾配へ対応しやすいことや、雨や雪に強く、低騒音であるという利点を評価し、日本では珍しい「サフェージュ式懸垂モノレール」を採用しました。しかしコンクリート製の桁を走る跨座式モノレールと異なり、軌道桁や支柱が鋼鉄主体の懸垂式は塩害に弱く、沿岸部への建設には不向きだったのです。
なんたるちあという言葉はこのためにある。
・[4320]
> 出ました「歯科大経由」!!(ぐぇ)千葉海浜交通は事実上の「BRT」なので、京成電車みたいなダイヤですよ。(※真顔)
・[4357]
> > 1983年4月15日に東京ディズニーランドと同時にオープンした際は「ミズーリ号」、「リオ・グランデ号」、「コロラド号」の3つだったが、輸送力増強を目的として、1991年10月から「ミシシッピ号」が加わった。
> > 本来、このアトラクションはディズニーランド(アナハイム)およびディズニーランド・パリの『ディズニーランド鉄道』や、マジック・キングダムの『ウォルト・ディズニー・ワールド鉄道』のようにパークを一周し、途中に駅を数ヶ所設置して移動手段として使えるアトラクションにする予定だった。しかし、開通当時の日本の地方鉄道法(現・鉄道事業法)では、私有地内であっても2地点以上を結ぶ鉄道輸送は「鉄道事業」とされ、鉄道法規に基づき鉄道事業の免許を受けることや運賃、ダイヤグラムの設定が義務付けられていたので、これを回避するため一駅のみの環状運転となった。
> 完全な私有地の山林で軽便鉄道でも安全管理の基準を緩めるわけにはいかないのは当然だ。山林じゃないもんとか言わせないためには私有地ぜんぶに網をかけておく。
> > 東京陸運局は厳しく運用
> そうしないと山のほうの西武さんち(※仮名)が人目がないのをいいことに何をするかわかったものじゃない。厳しくないといけない。一方、そのおかげで稲毛の海浜ニュータウンで「千葉海浜交通」を立ち上げながらも軌道系交通システムではなくバスの運行しかできなくなったのである。○か×か。(※独自に推定。)▼稲毛・上尾・藤沢・綱島・鶴川・相模大野からの「海浜ニュータウン」「東京タクシー近代化センター」ほか(1969〜1973年)については[3422]を参照。このとき「稲毛・上尾・藤沢・綱島・鶴川・相模大野」と列挙された特定のエリアの交通がその後どうなったかというと、連接バスが導入されるとか地下鉄(※「相鉄・東急直通線」=「新横浜線」)が通るとかしていったわけです。
稲毛の陸橋を、それだけを見て、稲毛だけを語るというのではだめ。この「稲毛・上尾・藤沢・綱島・鶴川・相模大野」と列挙された特定のエリア、国会会議録で「稲毛・上尾・藤沢・綱島・鶴川・相模大野」と列挙された特定のエリアを俯瞰して、その中の1つとして稲毛の陸橋を語るというスタンスをとってほしい。
・「上尾」の3扉車
https://pds.exblog.jp/pds/1/200610/24/29/a0022129_22314765.jpg
なお、3扉車というもの自体の普及には、もっと広がりがあるのは当然でございます。(※恐縮です。)
・[4357]
> > 同じ京成系列で3扉車を揃えていたオリエンタルランド交通と同じ
> > 同じ京成系列で3扉車を揃えていたオリエンタルランド交通と同じ
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4a/Oriental_Land_K-CPM600.jpg
> 出ました「オリエンタルランド交通」。
https://pbs.twimg.com/media/E1TmdArUYAQOP5u.png
すごくパインアメ。(※字体が)
https://youtu.be/_UEywZZ8RYA
> 1993
これでも1993年の絵柄なのねん。(※謎の語尾)
https://pds.exblog.jp/pds/1/201206/23/86/d0170486_21341539.jpg
土曜日はローラースケート! …じゃなくて、その後の「東京ベイシティ交通」です。ローラースケートとまでは言わないとしても、若者の街で若者に人気のスポットだから(乗るのに2段くらいある&扉の幅が狭い)3扉車が遅くまで残った。ノンステップバス(低床車)の導入で3扉車は淘汰されたということです。
> > 千葉県というと、とにかく路線バスを運行する事業者が多い!という印象を持つ方も多いかと思います。
> > その理由の一つに、1970年代に京成電鉄が諸般の事情で、系列の事業者を複数設立したことがあげられます。このうち、千葉市周辺で大規模開発された住宅団地の輸送を目的に設立されたのが、千葉海浜交通(1973年設立)と千葉内陸バス(1975年設立)です。似たような会社名ですが、なぜ片方は「交通」で片方は「バス」となったのかは謎。
> > 諸般の事情
> > 諸般の事情
いまでいうBRT、計画上の位置づけが「軌道系」と類されるような態様の運行をする可能性があれば「交通」という会社名にして、まずは3扉車を投入するということであった(と見える)。「東京BRT」の会社は京成バスの100%子会社です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%ACBRT
> 東京BRT株式会社の社屋は東京都江東区東雲の京成バス東雲車庫と兼用し、バス車庫も東雲車庫と共用する。東京BRTの運転業務は東雲車庫を管轄する京成バス奥戸営業所所属のバス運転士が担当する。
1970年代から同じやりかた。(※詠嘆)バスが使う無線の割り当てが簡単には増やせないので、既存の無線をうまく融通するという意味もありそうです。携帯電話だけでいいですという甘いことをすると、どこぞの船のようになってしまう。(※見解です。)
・[3834]
> バスの営業区域や台数、事業者の数などは「無線の割り当て」の都合で絶対の上限がある、と先述([3633])しています。
・[3633]
> ちばフラワーバスが東西、そして八街駅を挟んで北側が千葉交通、南側が九十九里鉄道の営業エリアであるというように、1つの営業エリアには2社までみたいなふいんきが漂います。無線のチャンネルが足りなくなるんですよ。本当でしょうか。
> デジタル化で無線が使いホーダイになれば社局が林立できるですって? とんでもない! 敬語も使わずに通話(※上意下達の命令と報告)できる無線とは別に、社局間で敬語で通話するホットラインみたいなインターホンくらいあるでしょ、の意。そこで社局が3つになると3者通話なんですよ。3者通話だというだけで運行管理者(鉄道でいう指令員)が混乱するんですよ。最初からバスが2社までなら大丈夫だよね。…その発想はなかった!(棒読み)
・[3617]
> 埋立地でまったく空白だったところで、いかなる事業者に路線バスを免許するのかというのは難題でしょうとも。…その発想はなかった!(ありますってば!)そして、早朝から23時までの運行を外部から求められながら京成バスとは異なる労使協定のほうなど…うーん。別の会社を設立した理由が浮かんでまいります。住宅団地の開発者が(公団と県・市など)異なれば(出資や補助の都合上)バス会社も分けないといけないということもありましょう。
・[4190]
> > そのとき放医研山岳部が動いた。
> …『そのとき放医研山岳部が動いた。』!!(違)
・[4682]
> …大成建設でジャンプしようぜ!?(違)
・[3689]
> ▼あれは1969年の冬だった(大巾に中略)放医研山岳部「ススキノスキー粒子」については[3640]を参照。…なぜに放医研だし&稲毛ですからしかたありません。
・[3640]
> > 1969年の冬だった。放医研山岳部の集まりでスキーバスがあることを知った。ワンダーフォーゲル部と山岳部が共催して、バスを仕立てて2泊3日で尾瀬戸倉スキー場へ行くのだという。前任地の札幌では朝起きて藻岩山に滑りに行き昼前にはススキノで昼飯という具合だったので、2日も3日もスキーばかりで過ごすなどピンと来なかった。
・[4693]
> > 1972年の札幌オリンピック、1998年の長野オリンピック。
> > 札幌「大倉山シャンツェ」、長野「白馬ジャンプ台」は両方とも大成建設の「地図に残る仕事」です。
> > 1970年から1974年までパナマの密林に住むインディアン(エンベラ族)に混じって生活しながら執筆を行なった。
> 札幌オリンピック±2年。札幌オリンピックの最中にせんせーなにしてんスか。
オリンピックや空港といえば、まずフランス語である。脱サラして開く店にはフランス語の単語で名前をつけよう。(※昔の感覚)
・[4127]
> オレンジフードコート「ドムドム」(1970年)
https://bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/6/7/1500wm/img_67e879d5d723f6f3e65e8098ab5a6898223918.jpg
「ドムドム」単体では「ダイエー矢印」ではないのだが、そういうふうに矢印を多用する感じはダイエーっぽい。
> 「オレンジは英語で橙色の意味」からの「橙色=イコール=活気のある=イコール=千客万来!」としか考えていない昭和時代のネーミングだ。家族にも相談せず勝手に脱サラしてはじめちゃいました喫茶店「パロマ」の給湯器はリンナイだ(違)
「親の世代の英語」([3803],[4216],[4705],[4782],[4988])とはいうけれど、そういう時代の日本での(通訳などの専門職を除く、いたってふつうのどこにでもいる大学生という程度の)英語というのは単語を1つ取り上げてどういう意味だとかいうレヴェルであるので、その限りにおいては、ほかの外国語との差が(いまほどは)なかった。○か×か。(※あくまで考えかたです。)
・[3689]
> 青函トンネルの開通が遅れていなければ青函トンネルまで含めての『北海道版ヨンサントオ』であっただろう
> 青函トンネルの開通が遅れていなければ青函トンネルまで含めての『北海道版ヨンサントオ』であっただろう
> いわば『北海道版ヨンサントオ』のようなものは「43.10.-1(昭和43年10月1日)」の1点だけをピンポイントで見て(…それをピンポイントというよ)ああだこうだといえるものではないんですよ。少なくとも1958年からの動力近代化と1973年までの貨物列車の体系の整備まで見渡さないと北海道では「いわゆるヨンサントオ」が(とりあえず)完遂されたとは思われないのではありませんか。
https://traininfo.jreast.co.jp/train_info/img/display/idsimage.jpg
武蔵野線と青函トンネルと瀬戸大橋は『3点セット』である。(※事実です。)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%BF%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88
> 1975年9月25日
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10219238135
> 若い人はご存じないと思うけど、一般的な貨物列車は最高速度75km/hだったのです。
1964年には「見返り」を要求するような住民はいなかったはずだ。1968年の着工時にもいなかったのではないか&だからこそ着工したんですよ。最近でいえば小田急線の複々線化を思い出すまでもないように(※反語)、反対運動があったら着工すらできない。そのために住民の少ないルートを選んで計画したんですよ。もちろん、反対されたくないからという消極的で場当たり的なことではなくて、騒音問題がそもそも起きないようにする&危険物を満載した貨車も通るから人が住んでいないところをなるべく通そうという積極的な工学の見地でね。(ねちねち)
そのように実直に計画された「貨物線」だったのに、1969年くらいになって唐突かつ強硬に「見返り」を要求する『住民』がふってわいたという感じではなかったか。そのような経緯が文書に残されていないとしたら、それこそが『武蔵野線』なのだと。(※謎の倒置法)
京成グループとバスについては[4998]にもそれとなく続きます。
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