・デザイナー頼りのUI開発 ・なりきり! メンデレーエフ ・年代推定法のひそみにならう ・脱「宝探し」 ・「ブルガリアの美術アカデミー」で「8年間」学ぶ話に学ぶ ・標準「17歳」のための「予定された博士へのまわり道」
(約23000字)
[3125]に続き、後編です。
前編([3125])では、これまで「リアルタイム」または「過去の一点」にある対象を研究することが大半であった状況に対し、「時間の経過」を採り入れ、対象を継時的・通時的に観察しようとする新しい動きとして、▼「末弘厳太郎の判例研究方法論とその限界」(2010年)を紹介し、いわゆる「研究方法論」と対比させ、研究を「立体化」させる方策を探りました。
後編([3126])では、駅におけるユーザーインターフェース(UI)の開発がデザイナー頼りであることに関して、研究として取り組む必要があることを指摘します。このため、▼自然科学の発達の歴史、▼研究もできるデザイナーを育てるカリキュラム、の2面から、研究方法を研究する方法を探ります。具体的には、▼メンデレーエフの周期表、▼年代測定法、▼工芸・美術に関する博士後期課程の実情に着目します。
●デザイナー頼りのUI開発
いま、駅でのユーザーインターフェース(UI)は、どのように開発されているのでしょうか。
・日本サインデザイン協会「これからこれからどうなる?駅と列車情報・・・・次代の駅づくり」(2012年12月3日)(再掲)
http://sdainter.exblog.jp/19606161
http://sdainter.exblog.jp/19605349
※「これからこれからどうなる」は原文ママ。
> 優れた表示方法と筐体デザインを条件にデザインコンペを行いました。
> 4つのデザイン案から3台を1/10のモックアップに、さらにその中から2台を実機に仕立てあげました。表示部は液晶ディスプレイを3台並べ、新たな情報伝達ユーザーインターフェイスの研究を行なっています。
> 発車標、ホームドア、車両内情報とのシームレスな情報表示をしています。
> ケータイ用リーダライタからは運行情報・停車駅案内・行先案内・現在位置・列車混雑情報を得ることを想定しています。
> 自立型案内は切替表示を可能としています。将来的にタッチパネル式での試験も検討中。
> コスト面からディスプレイを置くことがなかなか困難であるために、近年普及率の高いスマートフォン向け情報の開発も行い、より多くの利用客へ情報を届ける方法を研究中です。但し、誰もがスマートフォンを持っているわけではなく、駅には一目で理解していただける情報が引き続き必要だとは考えています。
> ここでは駅に関わるさまざまなアイデアを試作していますが、それらを実際の駅に持ち込んで試行錯誤しながら調整するというわけにはいきません。
> ですので、事前にここでトライ・アンド・エラーを重ね、駅でフィールド試験をした後に実導入の可否を問うのです。
> 先程、研究施設でテスト機器をいろいろご覧いただきましたが、このようにアイデアを具現化して実際に動くものとして見せることが重要です。
> JRの営業スタッフや現場スタッフもモノがないとイメージがわかないことが多いので、まずはつくってしまいます。それで初めて同じ土俵で意見交換ができる状況になるのです。
> メーカーの方々と話し合っているときに突然アイデアが出てくることもあります。
> 我々は技術を開発しているというより、技術をいかにうまく活用できるかを考えています。
> ユニバーサルデザインへは最大限配慮しているつもりですが、プロのデザイナーの方々と話をしたり、実際に駅で話をしたりするとさらに気付く部分も多くあります。
> フロンティアサービス研究所では、以前はシステムエンジニアと直接相談しながらものづくりを進めていました。
> その場合モノ(情報システム)は確かにできてくるのですが、何か今ひとつピンとこないものになってしまうことが多かったのです。
> それで何年か前から、必ずデザイナーに初期段階から一緒に入っていただき、開発を進めていくように路線変更しました。
そういう位置づけの「研究所」だったんですね。狭くは「研究はしません(開発が中心です)」ということで、そうした現場に「学問的エレガンス」を求めることは、職域を超える(※)ことです。とはいえ、開発で行き詰まるなら、それは既に研究の領域に足を踏み入れているということに他なりません。研究者が「高度な自律」として「学問的エレガンス」を求めるのとは異なる文脈から、しかし実質は同等の「学問的エレガンスのようなもの」を意識して採り入れてみようとすることは、きっと開発を進める上でも有効な方法であるはずです。
※差別的な言いかたにならないよう注意されたく思いますが、雇用契約において規定された職域(仕事のむずかしさ)を超える、そんな難しいことをさせられるなんて聞いていないぞ、と被雇用者が怒ってよい、ということです。逆に、(会社が)業務として(オプショナルな創意工夫の類でなく、査定の対象として)研究に携わらせるにあっては、少なくとも修士、できる限り博士の学位(※※)を取得させる(30代のうちに取得させる)ことが当然です。学部卒で実務10年、それだけで研究ができるとみなしてはいけません。きちんと訓練を受けないと、やっぱりできないものなのです。「もう一声」といいたくなるような「おしい」会社としては、オプショナルな創意工夫の延長線上で(事実上の)研究成果を求めるという、…それって「ブラックっぽい」んでは、と心配になってきませんか?(青色LEDの人[2937]も参照。)
※※ちょっと古い文脈では「学位取得者」といって「学士=学部卒」を指しているものが(国鉄では)あって、ちょっと「あ然」とさせられます。そして、企業内大学ともみなされる「鉄道学園」で「みなし学士」的な自称「学位」を(ある意味では自組織の構成員に自組織で)授与し、組織内の待遇面では正式な大学の学位(ただし学士)と同等とみなしてきたと説明されます。そして、「生え抜き」と自称する人たちにあってたいへん結束が固かったので、外部からの人材の登用が阻まれた、とする指摘(ただし労使問題でなく、研究開発に関しての指摘:佐藤2005)もありますが、別の話ですので別途まとめることといたします。なお、あくまで国鉄時代の話です。
新しい旅客案内の手法や技術の開発に苦労しているとすれば、それは「技術力」(いまあるものをよりよく作る)しかなく(「東芝ならできる」?[2949]のような広範で基礎的な知見は一朝一夕には蓄積できません)、「研究力」(いまないものを作り出す)が足りないからではないでしょうか。そこを「デザイン力」に頼る(デザイナーのセンスやアイデアに頼る※1)というのでは、なぜ、その案がベストなのか、本当にベストなのかという問いに答えることができず(※2)、エレガントとはいえません。ましてやユニバーサルデザインへの道は遠そうです(※3)。
※1 デザイナーは実務家ですから、あくまで過去の知見を「業界での『常識』」として知っているに過ぎず、新たな知見を生み出す(そして独り占めにせず共有する)こと(=研究)は自分の仕事ではないと考えるでしょう([3010]も参照)。人(≒仕事の忙しさ)によっては、人間工学や心理学などの研究の現場で出てきた最新の知見の採り入れが遅れることもありえます(実績ある=忙しいデザイナーほど、過去と同じものをつくることしか期待されなくなっていき、「自滅」しかねないという矛盾もあるのではないでしょうか)。
※2 「編集部の者より鉄道に詳しい方」([3017])と同じで、自らデザインのよしあしが判定できるためには、デザイナーと同等のデザインに関する知識や感性を(デザイナーではない)自分たちでも持っていることが必要です。その上で、(ものすごくがんばれば)自分たちでもできるが、実務としての経験が足りない(「頭でっかち」状態)、そして(金はあるが)時間がない、といったことから、デザイナーと協業するというのが、おおかたの現場での「実際」ではないでしょうか。(あくまで想像です。)
※3 「最大限配慮しているつもり」という表現が、ちょっとインタビューの記事だけではニュアンスがつかみきれませんが、かなり微妙です。その後の話としては「色」と「身長」の話しか出てこず、ワーストとしては「巷で言われる『ユニバーサルデザイン』とかいうもの=「色覚と車いすへの配慮」でしょ(それさえしていればいいんでしょ)」といった態度…そこまでひどいことはないとして「文字の大きさや多言語対応については当社だけではいかんとも決めかねる」といった、一種の「様子見」的な「温度」のようなものなど、いろいろ考えられます。実際に、どういう受け止めかたがされているのでしょうか。気になります。(そういうところ=いわば「ココロ」をこそインタビューでは聞き出していただきたいものですが、目先のオブジェクト=現物に対して「わあい、これが『研究所』かぁ」的な素朴すぎるオドロキに支配されてしまっているような、いないような、といえます。本当でしょうか。)
(上掲の研究所が)エレガントかどうかはともかくとしまして、いきなり「実機」を起こしてしまうとは、予算がある(使える権限がある)ということは恐ろしい([2403]も参照)、と実感されます。(感想は個人です。)
いま、ユーザーインターフェース(UI)の研究は、まだまだ難しい局面にあるといえるかと思います。UIと利用者の間のインタラクションをいかにしてモデル化し、モデルに基づいて網羅的なデザイン案を試作し、また、試作や実験から、モデルの「抜け」を埋めていく、そういうフィードバックの繰り返しによって、研究が進められています。
●なりきり! メンデレーエフ
エレガントかどうかというのは、気分の問題や(アカデミックな)自己満足ではなく、デザイナーに頼らずに、また自分の力(「わが社」の研究開発力あるいは「競争力」)にも依存せずに、合理的な解決策(手法や技術)を客観的に(なかば自動的に)つくり出していくための要件です。
研究分野の成熟度のようなものを体現しうるものとして、(メンデレーエフの)「周期表」が挙げられます。もし、UIの研究において「周期表のようなもの」がつくられて広く認められる、そんな未来がやがては訪れると仮定しますと、現状はその一歩手前(あるいは、だいぶ手前)といったところでしょうか。
未知の元素がいかにして発見されてきたかを振り返れば一目瞭然で、身の回りのもの(「土」やら「水」やら「火」やら)を素朴に観察して、せいぜい掛け合わせて出てくるもの(酸化物や炭化物)を「発見」していた時代を「原始時代」とするなら、「燃焼」の解明(酸化と還元の発見)、…時代を大幅にスキップしまして、周期表の「発見」によって「現代」が幕開けしたといえます。
いま、メンデレーエフになりきってみましょう。はい、私もあなたもメンデレーエフです。
(こちらに「煙突の人」…ではなく「つけひげ」が6セット、そしてなんと! きょうは特別に「アカデミックガウン」を1着、借りてきました。班ごとに1人ずつメンデレーエフを決めてください。ガウンの着用権は…サイコロで決めましょうか、と呼ぶ者あり。)
・NHK高校講座 化学基礎「元素の周期表 〜周期表の見方を知ろう!」
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/kagakukiso/archive/resume010.html
> メンデレーエフは、当時発見されていた63種の元素だけではなく、まだ発見されていない未知の元素が存在すると考え、原子番号32の元素を空欄として空けておきました。
> メンデレーエフは、この空欄に当てはまる元素を周期表の上下左右の元素の性質から予言し、エカケイ素と名付けました。
> そして、彼が周期表を発表した後、予言通りの性質を持つゲルマニウム・Geが発見されたのです。
> メンデレーエフが予言したエカケイ素の性質は、発見されたゲルマニウムと驚くほど一致しています。
> 密度はほとんど変わらず、他の物質との結びつき方や化学的性質も同じでした。
> メンデレーエフの周期表は、発表された当時は、周囲からあまり関心を持たれませんでした。
> しかし、予言通りの元素が発見されたことにより、多くの人に認められるようになったのです。
「周期表では…と並んでいます」(意味もわからないまま暗記しなさい)というのでなく、「メンデレーエフが並べたところ規則性=周期が浮かび上がってきたのです」(意味さえわかれば暗記しなくていい、そのための周期表=いちいち参照するための=でしょ)というのが正確で、これこそサイエンスだと実感されます。私自身は、周期表を学んだとき、メンデレーエフも感じたのではないかと思われるワクワク感とヨロコビを感じたものです。まさに「追体験」ですね。
・個人のページ「大学入試問題と化学史(その1) メンデレーエフの周期」(2009年4月1日)
http://www8.plala.or.jp/grasia/07daigaku/digakuhistry.pdf
http://www8.plala.or.jp/grasia/frameindex.htm
※高校の化学のセンセイのページのようですね。
> 06年2次試験問題及び07年のセンター試験にメンデレーエフの周期表に関する問題が出題された。前者の2次試験で取り扱った大学は、静岡大学(後期日程)と中央大学(理工学部)である。出題は、メンデレーエフのはたした役割と、周期表を活用し未知の元素の予測まで、言及している。以下、化学史に沿って問題を検討する。なお、08年度の入試問題で、化学史との関連で周期表を取り扱った出題はなかった。
> 資料1 2006年静岡大学入試問題
> 次の二人の会話を読み,下の問いに答えよ。
> 化学部の新入部員の知也君は,部長の未沙さんに周期表について質問しています。
> 知也:周期表って,使ってみるとすごく便利ですよね。いったい誰が作ったのですか?
> 未沙:今のような形のものを初めて作ったのは,ロシアのメンデレーエフという人19世紀の半ば過ぎに、当時知られていた元素を原子量順に並べて,それらの性質について整理していくうちに,似たような性質をもった元素が繰り返し現れてくることに気付いたの。
> (略)
> 未沙:当時は実験の精度も悪かったので,メンデレーエフはテルルの原子量の測定値が間違っていると考えて,無理やり順番を逆転させたみたい。原子番号なんて,まだ誰も知らない時代だったんだけれど,性質の周期性から正しい順番を見破ったのはさすがね。
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